100万打御礼企画 | ナノ
静かな室内にカチャカチャとキーボードを叩く音だけが響く。ようやく会計報告書が一通り書き終わり、椅子の背に沿って思い切り体を伸ばしてやる。掛けていた眼鏡を外し、疲れの溜まった目をぐりぐりとマッサージ。この報告書は俺にとっての最大の仕事で、普段仕事なんてサボってなんぼの俺にとっては正直言って、すごくしんどい。
だけどあとはもう監査してもらうだけだ、とほっとしたところに軽快なチャイムが鳴り響く。約束はしてないが思い当たる人物に、俺はさすが、時間ぴったりだと口角を上げた。
【大馬鹿者の恋】
「いらっしゃーい、こんな夜遅くに珍しいねえ」
「………」
「ちょうど会計報告書き終わったとこなんだ、監査も頼みたいし…はいってはいって」
自分でチャイムを鳴らしたくせに眉さえぴくりとも動かさない仏頂面に、人懐こいと評判の笑顔をふにゃりと向ける。どうぞ、と部屋の中へ導くように体をずらせば、そこで初めて、苦々しそうに僅かに寄る眉。しかし躊躇したのも一瞬で、俺より背の高い体はすぐに人目を避けるようにするりと室内へと入った。はた目にわかるほど全身で拒絶しながらも、それでも感情を押し殺し、俺の目の前を通り奥へ進む姿に苦笑する。
悲しいね、そんなに拒絶しなくたっていいじゃない。拒否なんてできないこと、わかってるくせに。
「会長なんか飲むー?」
「…いや」
「そう?じゃあ俺はコーヒー飲もっかな。適当に座ってていいからね」
ふんふんと鼻歌混じりにコーヒーメーカーにマグをセットする。カウンターからちらりと会長の様子を窺い見れば、ソファに座りつつも緊張に体を強張らせているのが見て取れる。しかし出来立てほやほやの会計報告書が目に入ったのか、パソコンへと体を乗り出す会長。その真剣な顔につい笑ってしまう。こんな状況なのに、本当にワーカホリックなんだから。
さて、次の約束まであと数分。頃合いだな、とマグを持って向かう先はもちろん会長の元。
「どう会長、大丈夫そう?」
「あーまあ、ざっと見た限り不備はなさそうだ。明日までに細かくチェックしとくから俺に送っとけ」
「明日まで?別にそんな急がなくっても、」
「いや、他にやることが山積みなんだ。こんなもんに時間掛けらんねぇ」
まあ、会長がそう言うのなら任せるけれども。言われたとおりにファイルをメールに添付し、会長のパソコンへと送信する。よし、これで任務完了。なんて従順に従いつつ、明日までになんて監査やらせてあげるつもりはないんだけど。
さてさて会長はどうでてくるかな、と会長の方を見れば、ぐっと引っ張られるワイシャツの裾。俯いたままの顔は窺い知れないけれど、裾を握る手が微かに震えているのはわかる。うわ、なんだこの人、いつの間にこんな技習得したんだ。
「………」
「会長?どったの?」
「……っ」
しかしそのまま目も合わせずになにも言わない会長に、白々しくなにもわからないふりして聞いてみる。ハッとして視線を上げた会長の顔には苦々しさがありありと浮かんでいて、思わず笑いそうになってしまった。ああ、本当に、会長は残酷なんだから。そんな顔しなくたって。
「……俺を………け…」
「ん?」
ごにょごにょとなにかを言っている会長。残念、なにを言っているのかよく聞こえないよ。でも優しい俺はもう一度チャンスをあげる。飛び切り優しく甘い声音で問い返せば、裾を握りしめる拳はぎゅうっと白くなり、絞り出すように言葉が吐かれた。
「俺を、抱け…っ」
必死の形相で見つめてくる会長。俺は飛び切りの笑顔を返す。ああもう、必死になってかわいいなあ。エベレスト級のプライドの高さを誇る会長が、ギリギリと歯を食いしばりながら、己の矜持を投げ打ってまで。
だけどさあ会長、いくらなんでも仮にも抱いてくれと頼んでる相手に対してそこまで嫌悪感丸出しにするの失礼なんじゃない?ねえ、だからちょっとくらい意地悪してもいいよね?
「…なに言ってるか、ちょっとよくわからないな」
「ちょ、なんで…っ」
「ああそうだ、もう次の約束があるからさ、会長帰ってもらえない?」
ふわり、綺麗に笑って立ち上がる。目を見開く会長の顔を十分に堪能する前に、再びチャイムが鳴り響いた。無粋なやつだと思いつつ、完璧なタイミングのそれにニヤリと口角を上げる。さぁっと青褪めた会長に気づかないふりをして、ドアの方へと向けた足。俺を待つかわいい我が親衛隊の元に行こうとした俺の腕は、しかしすぐに縋りつくようにしがみついてきた会長によって捕まった。
「あいつに手は出さないでくれ、俺にしてくれ…っ」
「ん?」
「…俺を…俺を抱いて、ください…ッ!」
絞り出すように、苦しげに吐き出された言葉。
すべてを投げ打った屈辱的な表情で、それでいて必死に懇願する堕ちた姿。
思わず捕まれた腕を捕え返して、体ごと壁へと叩きつけていた。
「んっ…はぁっ…んん…!」
「ん、んぅ…っ」
両腕を壁へと縫い止めて、早急に口内を犯してやる。逃げる舌を捕まえて舐ってやれば、ひくりと震える喉に、ぎゅっと握られる拳。そしてそんな風に感じている現実から逃避するように固く閉じられる瞼。なにもかもが堪らない。
再び鳴った無粋な催促のチャイムにびくりと反応した体を抱き寄せて、深く深く口づける。
『…幼馴染なんだ、手は出さないでやってくれないか…』
『ふーん?でも彼は自分で俺に抱かれたがってるみたいだけど?』
『そ、れは…』
『…ま、なんだっていいけどね。だけどさあ、俺にそんなこと頼むなんて、どういう意味かわかってる?』
―――ねえ会長、対価はあんたに払ってもらうよ?
そう言ってにこりと笑った下衆な俺に、あんたは二言なく対価をくれた。俺からすれば、一介のセフレの代わりに会長を抱けるなんて、そんなの等価交換でもなんでもなかったんだけど。でも会長にとって、幼馴染の彼はなにより大切な相手だったらしい。あんなに賢いあんたが、愚かにも身売りなんてしてしまうくらいには。
「ん…っ」
「んはっ…は、はぁ…」
キスから解放して腰から腕を離した途端、腰が砕けたのか壁にずるずると凭れる会長。口周りを唾液で光らせながら荒い息を整える姿の、なんとエロいことか。ぐいと顎を持ち上げれば、強制的に引きずり出された熱に浮かされた瞳が俺を射抜く。欲に濡れているくせに、俺を抱けというくせに、心底嫌いだと睨み上げてくるその瞳に、馬鹿みたいだと笑いたくなった。
ああもう、馬鹿みたいだ。
俺に股を開くような、大好きな幼馴染のために身を切る会長も。
自分を想う会長に気づかずに、俺みたいなポンコツに現を抜かす彼も。
そして、そんな一途な姿に惹かれる自分に気づいてしまった俺も。
―――みんなみんな、本当に、馬鹿みたいだ。
「いいよ…かわいくおねだり出来たから、今日は会長を抱いてあげる」
馬鹿みたいだと思いながら、不毛だと思いながら、それでも俺はあんたを抱く。
無粋なチャイムは、止んでいた。
*end*
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