100万打御礼企画 | ナノ
「おい北村(キタムラ)、ちょっとつきあえよ」
「はー?なに、ひさびさに来たと思えば」
「いいからこい―――イイトコ、連れてってやるよ」
ひさしぶりに顔を見せたと思ったら、開口一番こんなセリフ。無駄にイケメンなあくどい笑顔に、心の底から嫌な予感しかしなかった。
【“仲間”加入希望】
「ちぃーっすぅ、はよぉございまぁーす」
とりあえず、言ってみる。
するとやっぱり直前までワイワイと盛り上がっていたカウンター周りの“仲間”から白けた眼を向けられて、慌てて口元に笑みを張り付けながらそそくさと奥へと向かった。くそう、また間違えたのか。なぜ睨まれる。お前は愛想が悪いからせめて挨拶ぐらいちゃんとしろと昨日言われたから、ならばとわざわざあいつらを真似した口調で挨拶してみたというのに。ちょっとでも親しみやすさを出せればいいと思ったのに。またも失敗した仲良し作戦に、はーっとため息を吐きながら定位置と化したソファーに座った。だいたいなんで不良でもなんでもないイイコの俺が、こんな努力を。
「お前さ、絶対わざとだろアレ」
「は?なにが」
「だからあの挨拶。さすがにあいつらの頭でも馬鹿にされてるってのはわかるみたいだぜ」
「その発言の方が馬鹿にしてると思うけどな」
んなことねぇよと笑いつつ、当たり前のように俺の隣に腰かけてきた銀髪イケメン。なにを一人で余裕ぶっこいてるんだよこいつは。俺がここにいるのも、不良に馴染まなきゃと努力してるのも、すべてお前のせいだというのに。
理不尽すぎる。俺を問答無用で連れてきたくせに勝手に一人で馴染みやがった薄情者め。ふん、と顔を背ければ、視界の外から突然伸びてきた逞しい腕に捕まった。
「ばっ、またお前は!」
「ま、あいつらがお前の魅力に気づかないのは嬉しいけど」
「頭沸いてんの?」
「酷ぇな北村、俺はお前を…うおぁっ!!」
囁かれる甘い言葉は、俺だけには逃げんじゃねえ殴るぞという脅し文句にしか聞こえない。大切だと思ってる相手を捕まえるにしては強い拘束、いやむしろ絞殺されかねない羽交い絞め。しかしそこから抜け出そうとする前に、拘束は間抜けな声とともに向こうから解除された。
「…あなた達はなにを、やってるんですか?」
「ちょ!おい放せ!」
「あー…おはようございます副総長、今日もお美しいですね…」
気配なく現れたクールビューティーの恐ろしすぎる微笑みに、俺も引き攣る頬をなんとか持ち上げて辛うじて笑みを返す。空気の読めないイケメンは今度は自分が捕獲されてどうにかしようともがいているが、さすが我らが副総長、梃子でも放さない。おまけに目線は俺に釘付け。もちろん絶対零度の殺気を伴って。…あの、俺も我らがって言っていいですよね?もしかしてまだダメ?
「困りますね、あまりオイタをされちゃ。北村くん、あなたも敵を増やしたくないでしょう」
「いやあの、これは俺が望んでやってたんじゃないというか…」
「ひでぇな北村!幼馴染のスキンシップなんで当たり前だろ!今までずっとしてたじゃねぇか…!」
「ちょ、ばか嘘つくな!」
「ほう…?」
ああああ副総長の眉間のしわがみるみる濃くなる。勘弁してくれ、いつの話をしてるんだこいつは。そりゃちっちゃな頃はスキンシップくらいあったろうが、高校に入ってからはスキンシップは愚か、一か月前ここに強制連行されたのが初コンタクトだったっていうのに。
しかし副総長はそんなこと聞いちゃくれない。スキンシップ過剰な幼馴染事情を聞いて、綺麗すぎる顔の下は嫉妬と怒りで荒れ狂っているのだろう。ゆらゆらと立ち上る殺気を隠しきれていない。おまけに目の前の殺気だけでなく、後ろからの痛いほどの視線も突き刺さっているのは気づいてる。そりゃあそうだ、俺みたいな不良でもなんでもない平凡が、幹部スペースで憧れの副総長と、その副総長直々に勧誘した戦力折り紙つき元一匹狼と戯れていたら、当然腹も立つだろう。それはわかる、その心理は理解できる。しかし勘弁してくれ、俺はこんなこと一切望んでなんかいないんだ。むしろこの二人のすったもんだの関係に巻き込まれて迷惑してるのはこっちなんだ。なんで俺がこんなことに!
「はいそこまで。お前らちょっとはしゃぎすぎだ」
俺がリアルに頭を抱えそうになったその時、頭上から降ってきた甘く低い声。
ぎゃんぎゃん言い争いをする二人の動きがぎくりと止まる。男女問わず腰にくる声の持ち主の登場に、溜まり場全体のボルテージが一気に突き抜けた。
…ああ、お出ましだ。
「そ、総長…」
俺が縋るように涙目で見上げた先―――…そこには、規格外の色男が立っていた。
「痴話げんかは他所でやれ、みっともねえ」
「…あなたがそう仰るのなら、」
「ち、痴話げんかなんかじゃねえ!」
「んじゃあ大人しくそこに座ってろ駄犬め」
カリスマ性の塊のような男の絶対的な視線に射抜かれ、さっきまでの大騒ぎが嘘のように大人しく離れる二人。渋々ソファに向かい合って座る二人に満足したように僅かに持ち上がった口と細められた目があまりにもフェロモン駄々漏れで、見ていられなくて目を逸らす。おっそろしい、ここに来て一か月経とうとしているけど、おまけに幹部スペースにいるせいで毎日間近で見てるけど、この人に慣れることなんて一生なさそうだ。
「あ、あの、ありがとうございました」
四人掛けのソファで、必然的に空いた席である俺の前に沈む総長に、勇気を振り絞って声を掛けてみる。人を殴って気絶させてるとは思えないぐらいスラリとした指でスマホを取り出しつつ、チラリと一瞬だけこちらに向けられた視線。それだけで無駄に心臓が跳ねた。ああもう、いちいちなんでこんなにエロいんだこの人。
「別に。あいつらがうるさかっただけだ」
「す、すみません…ありがとうございます」
「…なんで謝る」
目線さえスマホに落されてこちらには向けられず、声だけが俺に向かって送られてくる。総長はまるで俺に興味がない、誰が見てもそう思うだろう。
だけどこの人は、どんな下っ端相手でも、敵相手でも、必ず目を見て会話する人だ。そんな人が俺を決して見ようとはしないのは、他の奴らに俺がこれ以上目をつけられないようにという配慮で。現に、隣で再び騒ぎ出した二人を無視して会話は続く。うるさいだけが理由なら、止めるはずなのに。
「お前はあいつらに巻き込まれただけだろ。駄犬の副に対する当てつけに使われてるだけじゃねえか」
「そう、ですけど…でも、俺を助けるために労力を費やしていただいたので」
「…うるさいだけだっつったろ」
「そうでした」
俺もこの人の気遣いを無碍にはしたくない。本当は、一見変わらないようでいて実は感情に敏感な表情を見ていたいのだけれど、そこは我慢して俺もスマホを弄る。もちろんスマホなんて全然見てられるはずがなくて、チラチラ窺い見ちゃうんだけど。
「…幹部スペースは、いやか?」
「へ?」
「いや…絡まれるからここにいろと言ったのは俺だが、余計な世話だったかと思ってな」
素っ気なく、ぽつりと呟かれた言葉。怠そうに言われたそれは、しかし僅かに寄った眉が真実を語る。いつまで経っても慣れない俺を気遣ってくれているのは、言われずとも、聞かずともわかった。
「そんなことないです。今あっちに行ったら絡まれて騒ぎになるのは事実だし」
「…十中八九な。それなのにここに来るなんて、お前も物好きだな」
「まあ確かに、もし本当に嫌なら幹部スペースとか関係なしにやめてると思います」
そもそも生まれてこの方、不良だとか族だとかには無縁の場所で生きてきた。いくら幼馴染の頼み(にもなっていない強制連行)と言えど、こんなただ平凡な日々を毎日こなしてきた俺が喧嘩だとか抗争だとかが日常茶飯事な場所に引っ張り出されて平気なわけがない。あんな銀髪のために自分の身を危険に晒すほど、俺はリスクを楽しめるタイプの人間じゃないわけで。
「でも、いっつも来るのやめようと思うんですけど、なんかやっぱ、もうちょっとみんなと仲良くしたいなって思って、毎日足がここ向かうんです」
「…」
「そりゃ怖いですけど…でも嫌いじゃないんですよね、“仲間”のこと」
それでも、今まで知らない世界だったここは、とてつもなく刺激的だった。そんな世界で生きる彼らが持つ、平凡な世界では持ちえない“仲間”への揺るぎない信頼だとかぶっとい絆だとかは、とてつもなく魅力的で。そりゃあそんなものを持つためには非凡な結束力を求められる非日常があるわけで、それはもちろんとてつもなく怖いけれど。それでも、もう少し見てみたいと、もう少しここにいたいと、そう思わせる何かがあった。
それになにより―――…
「そうか…それは、よかった」
興味なさそうにそう言って、しかし至極嬉しそうに目を細めるこの人。全員がこの人に対する憧れ、敬愛、忠誠、なにかしらの感情を抱いていて、それがまた結束力を果てしなく強くする。いるだけで、絆を強くする、圧倒的な存在。
そんな人から離れるなんて、そんな惜しいことできないと思ってしまう。きっと、正直それが、一番大きい。
相手にされてないように見える俺への嫉妬の視線を解除した“仲間”たち。
いまだに痴話げんかをし続ける懲りない二人。
そして悟らせずにどこか上機嫌なこの人。
あなたを慕う“仲間”だからこそ俺もその輪に入りたい。
そう言ったらこの人はきっと、いつも通りどうでもよさそうに、でもほんの僅かに嬉しそうに目を細めてくれるに違いない。
その表情が見たいから、もう少しだけここにいてみたいと、やっぱり思った。
*end*
平凡:北村(キタムラ)
副総長と一匹狼のお話はこちら→
餌付けから始まる恋
prev|
back
|next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -