100万打御礼企画 | ナノ
「そういえば、なあ、あれってどういうことだよ」
「あれって?」
「そろそろ…教えてくれてもよくないか?」
「はあ?」
その指示語がなにを指しているのか、残念ながらさっぱりわからなくて。促してもきちんと日本語を喋ろうとしない久谷に、自然と傾ぐ首。そのまま久谷を見つめるも、なんだか不機嫌な顔になってそっぽを向かれてしまった。そしてそのまま、こちらを振り向いてくれる気配はない。
なんなんだ。どうしたんだ、いったい。唐突に恋人に拗ねられてしまった俺は、わけもわからず首を傾げるしかなかった。
【すきだよ、と】
「なあ久谷、こっち向けよ。どうしたんだよ」
「………」
「おーい、久谷くーん?」
一向にこちらを向こうとせずにシーツに包まってしまっている背中。ついさっきまで熱烈に求められていたというのに終わった途端にこんな態度を取られるなんて、それこそヤること目当てなのかと疑われてもおかしくないと気づいているのか。むしろセフレ時代の方がまだ会話はあった。お互いを煽り合う、駆け引きのようなものだったけれど。
もちろんこんなことで不安になるような玉ではないし、自分で言うのはあれだが、本気で疑えるほど柔な気持ちで付き合ってはいない。しかしいい加減この状態でいるのも嫌になって、その背中にぴたりと張り付く。俺は、こいつにこちらを向かせる魔法の言葉を知っていた。
「なあ、顔が見たいんだけど、弘毅」
背中を見つめながら、そう聞こえるか聞こえないかの声で呟けば、するりと離れていく久谷。すうっと二人の間に空気が入り込んだと思えば、再び密着する体。今度はもちろん、こちら向きで。
案の定振り向いてくれた顔に向かって口角を上げれば、未だに拗ねた表情の久谷は小さく息を吐いた。それが呆れてのものではなく、お手軽な自分に気づいての照れ隠しなのはわかってる。
「なあ…お前それ、ずるくないか」
「この俺を無視するお前が悪い」
「そりゃ元はと言えば…っ」
「ん?」
ふふん、と笑えば、むっとして言い返そうとしてくる久谷。しかし開きかけた口は、やはりすぐに言い淀んでしまう。余程言いにくいことなのか、あるいは疚しいことなのか。さっきは俺に尋ねるような言い方をしていたのだから、久谷にとって疚しいことではないのだろう。とすると、俺にとって疚しいこと、か。ならば、自分から問い詰めると責めているようで言いにくい、というのも当てはまる。
はて、俺は久谷に対してなにか疚しいことをしたかなと考えて、すぐに思いついたことがあった。ああそうか。十中八九、あれのことだな。
「…なに、仁科のこと?」
「えっ、いや…っ」
「あー…あれか、告白の件か?」
「…っ」
そう言った途端に、図星だったのかぎゅっと眉を寄せる久谷。そんな険しい顔、しなくたっていいのに。
こいつは、あの頃の俺に対しては異常に敏感になる嫌いがある。大切に大切に、傷つけないようにしてくれているのは嬉しいけれど、そこまで過敏になる必要はないのに。確かに気持ちのいい過去ではないけれど、思い出したくない、触れられたくもないほどに嫌な思い出というわけではないのだ。あの日々がなければ得られなかったものもあると、今はそう思えるから。
そう思えるようになったのは、久谷のおかげだ。
「悪い、ずっと言ってなかったもんな」
「いや…言いたくなければ別にいいんだ」
「言いたくないってわけじゃねえんだけど」
仁科に告白し、振られた。
確か付き合いたての頃に、当てつけのようにその事実だけを告げて、それ以来ずっと触れてこなかった覚えがある。そして明確にその話題を避けていた自覚もある。もちろんそれは、疚しいことがあるとか未練があるとか、そういうわけではないのだけれど。ただ、なんとなくあの時のことは、俺と仁科、二人だけの秘密にしたかったから。
だけどそんなの、些細なこだわりだった。それでお前を不安にさせてしまうというのなら、話は別だ。
「俺さ、お前に告る前に一回お前追い返して仁科呼んだだろ」
「…ああ」
「あの時、俺、仁科に告白したんだわ」
「え……は?」
さすがに自分に告白するほんの数分前に他の男に告白していたなんて、思ってもいなかったんだろう。ぽかんと口を開けて間抜けた顔を晒す久谷に、ついくすくすと笑ってしまう。
これでも俺は、告白ばかりされて自分から告白などしたことのない人間だ。だからまさか、人生でまだたった二回しかない自分からの告白を、まさか同じ日に続けざますることになるとは。そんなこと、俺だって思っていなかった。
「え、お前、あの直前に仁科に告ってたのか?」
「そ。そしたらあいつ、どうしたと思う?いい加減にしろって、思い切り叩いてくれたよ」
この俺の告白に対していい加減にしろってすげえよな。
そう軽口を言いながら、目を細めて笑う。きっと仁科は、誰よりもあの状況を理解していた。一人ひとりの心情を、行動を。俺はどこまでもあいつに甘えていたなと、心の底から思う。
「きっと仁科はわかってたんだろうな、俺が逃げてるってこと。そうじゃないだろ、本当に欲しいのは誰なんだって説教されたよ」
「侑紀…」
「本当に…救いようのない甘えただった。あいつに一番言わせちゃならないことを言わせたんだよ、俺は」
あそこまで俺を想ってくれていたのに、俺は想いを返さずにただの逃げ場として使っていた。誠実にならねばと思いながら、仁科から与えられるぬるま湯のように心地好い好意を手放すことができなかった。
それでいいとずっと仁科は言っていたけれど、最後はきちんと俺が選ばなきゃならなかった。それなのに俺は、それさえ仁科に甘えた。その考えが、きっとあいつには伝わっていた。
「情けないだろ、本当に」
「悪い…無理やり聞き出そうとして」
「いや、気になるのは当然だよ。俺こそ黙ってて悪かったな」
後悔している様子の久谷に眉を下げる。久谷が気にすることではない。むしろこんな誤解するようなことを言って黙っていた俺が悪いのだ。
「そうか…じゃあ仁科には大きな借りができたな」
「は?なんでお前が」
「だって正直、俺はあいつに勝てる気がしない」
「はあ?」
「あいつがオッケーを出してたら、今お前の隣にいるのはきっと仁科だったんだろうな」
なにを言い出すのかと思えば、こいつは。呆れて思わず眉を上げるも、どうやら真面目に考えてそう言っているらしく、真剣に見つめてくる瞳。なんだか俺の気持ちが弱いようだと言われているようで無償に腹が立つ。苛立ちに任せて、つい煽るような言葉が口をついて出た。
「ははっ、そりゃあお前は仁科に勝てる要素ひとっつもねえもんなあ」
「ほんとだぜ。なんでお前が俺を選んでくれたのか、さっぱりだ」
「は…っ」
愕然とした。ちょっと待て、こいつ、本気でそんなこと言ってやがるのか。俺が、どれだけお前のことが好きだったか。ずっとずっと、お前を想い続けていたというのに。
なんだかカッと喉が熱くなって、今にも叫び出しそうで密かにギチッと下唇を噛む。と、思いがけずぎゅうっと強く抱きしめてくる腕。驚くほどに熱を孕んだ瞳で見つめられる。
「まあそうなったとしても、追いかけるつもりだったけどな」
「え…」
「普通に考えたら俺絶対嫌われてるだろうし断られるだろうと思ってたけど、でもどうしてもお前のことが欲しかったから。だから好きじゃないって言われたら追いかけるしかないって思ってた」
「………」
「絶対に、手に入れてやるって」
湧き上がっていた苦しい熱が、一瞬で違った意味で苦しい熱へと変わる。
どうしても俺のことが欲しかったから、なんて、まさかそんな言葉をあの久谷からもらえるなんて思ってなかった。ずっとずっと片想いをしていた相手に、そんなことを言われるなんて。叶わないと思っていた相手に、そんなことを言ってもらえるなんて。
「どんな手を使ってでも、どれだけ時間が掛かろうとも、きっとお前を手に入れようとしてただろうけど、すぐに手に入るなんて思ってなかった。だから今こうしてお前が俺の腕の中にいるのは、仁科のおかげだな」
「…そう、かもな」
「お前を手放さずにすんで、本当によかった…」
涙が、零れるかと思った。
こんなこと、言ってもらえる資格などないというのに。周りを蹴落とし、騙し、嘘をつき。そうして逃げてばかりでいた、俺が。
「…っ」
「そんな顔するなよ、侑紀」
「こうき…っ」
ちゅ、と額に優しく口づけられる。喉が熱くて、声が出なかった。俺はとても幸運だと思う。酷く自分勝手な癖に、こんなにも自分を真っ直ぐに想ってくれる人たちに巡り合えた。
幸せだった。こんな自分が、こんなにも幸せになっていいのかと不安になるほどに。
「なあ侑紀、明日は仁科を昼飯に誘おうか」
「…ははっ、あいつ絶対イヤがんだろ」
「大丈夫だ、力づくでも連れてってやるよ」
そう言って、久谷が酷く優しく、俺の頬を拭いながら笑いかけてくる。俺もそれに応えて、泣きそうになりながら笑った。なにが大丈夫なんだよ、そう言いながら。
惚気るなと言われそうだけれど、仁科に会ったらきっと伝えよう。俺が今、幸せであることを。お前のおかげでどうしようもなく、幸せなのだと。
*end*
すきだよ、と
(目一杯の感謝と愛情を込めて、あなたに)
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