100万打御礼企画 | ナノ
すっかり日が沈み、月の光が美しい夜空の下、俺は校舎から寮への道を走っていた。
こんな時間に出歩いているのが見つかれば、ペナルティがつくのは天下の生徒会も同じこと。そうわかっているのにあの量の仕事を俺一人に押し付けて自分たちは帰ってしまうなんて、役員全員、本当に良い性格をしていらっしゃる。どうせこれでペナルティが付きようものなら、きっとここぞとばかりに俺を責め立てるのだろう。
(恋なんぞに現を抜かしやがって…!)
立場的には上のはずなのに、なぜここまで扱き使われなきゃならないのか。まるでブラック企業に勤めている社畜のような気分になりながら、しかし弱みを握られるわけにもいかないと走っていた俺は、自分以外に動く気配を感じてぴたりと立ち止まった。どうやら真っ直ぐにこちらに向かってきている人影。ついに見つかったか、と頬を引き攣らせる。
しかし残念ながら身を隠せるものなど、周りには皆無で。もうここまで来てしまった以上、仕方ない。無駄に足掻いて逃げ出してみっともなく恥を晒すよりも、大人しく捕まってしまった方がいいだろう。一か八か、現状を訴えて見逃してくれるのに賭けるしかない。そう思い、諦めてそのまま待っていたのだけれど。
「ほお…これはこれは、誰かと思えば」
「げ」
「麗しの生徒会長様じゃねえか、ご機嫌麗しゅう」
「…どーも」
前言撤回。これ以上に面倒くさい展開など、きっと他にはないだろう。
―――最悪の人間に、見つかった。
【すこしずつ、しかしたしかに】
「へえ、なるほどね。そんなくだらねえ理由で夜中に走り回ってたわけだ?」
「うるせえくだらなくねえんだよ、こっちは死活問題だ」
「そんなもんかねえ…」
興味なさそうに眉を上げ、目の前の男はズズッと紅茶を啜った。あからさまに立てられた品のない音に眉を寄せると、くつくつと喉を震わせる。生徒会のあいつらも相当アレな性格をしているが、こいつは単純に趣味が悪いだけだ。本当に、ただの悪趣味。俺をいたぶることに全力をかけているというか。
今俺は、現行犯で捕まったせいで、こいつ―――風紀委員長の部屋に強制連行されて事情聴取を受けていた。事情聴取と言ったって、単になぜ日付を越えるまで校舎に残っていたかの説明だけだけれど。生徒会の現状を知っているならこのくらい見逃してくれればいいと思うのに、こいつにはそんな慈悲も温情もありはしない。そりゃあそうだ、俺をいたぶるのにこれ以上の案件はないのだから。いつの間にこんなに敵を増やしたのかわからないが、無意識の行動でここまでというのは、俺は我ながら相当酷い人間なのかもしれない。しかもそれを自覚できていないなんて。
「よし、それじゃあ生徒会は来週いっぱい放課後の活動禁止、と」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!なあわかるだろ、今のうちの状態。落ち着いたらいくらでもペナルティ受けるから、頼むから来週っていうのは…っ」
「例外は、なしだ。自惚れてんじゃねえよ生徒会長様」
「ちが、そんなんじゃねえっ!」
そんなつもりで言ったわけじゃない。ただ、来週は体育祭に向けての大事な会議がいくつもあるから、ここで活動停止にさせられちゃたまらないのだ。このタイミングでペナルティだけは避けたかった。
しかし荒げた抗議の声も聞き入れられず、無慈悲に書類に書き込まれるペナルティ。思わず紙をふんだくりそうになる拳をぎゅっと握った。やれるものなら、今この場でそんな紙切れなんて破り捨ててやるのに。
「なあ、頼むから、せめて再来週に…」
「あーうっせえうっせえ。だいたいてめえらの仕事なんざ、必死こきゃ放課後までかかるもんでもねえだろうがよ」
「っ、それは…っ」
「それなのにこんなペナルティだなんて、だいぶ緩くしてやってると思わねえか?」
突きつけられた正論に、俺はぐっと下唇を噛んだ。
確かに、そうなのだ。大半の生徒の放課後は、競技の練習に割かれてしまう。そのため、この時期の会議は昼休みにあるわけで。会議資料だって、予算会議でもない限りキャパを超える量にはならない。いつもの雑務に加えてイベントに向けての仕事。しかし、やってやれない量じゃない。
確かにその通りだった―――役員全員が、揃っていれば。
「それともなんだ?てめえらは放課後まで使わなきゃ終わらねえほど無能なのか?」
「黙れ」
「ああそうか、無能なのは会長様だけか…たった5人の役員をまとめられねえんだもんなあ?」
「…っ」
ぎりっと拳を握り込む。反論はできなかった。
わかってる。あいつらをまとめられるほどの力量が俺にはなかった、それが事実だ。そのことに対して、俺は反論の言葉を持っていない。今この現状が、答えだった。
「…わかった。好きにしろ」
そう言って立ち上がる。そうと決まれば、ここで無駄な時間を過ごしている暇はなかった。持ち出し禁止の情報のものを昼間に片づけて、普段の雑務を寮に帰ってからやればいい話だ。大丈夫だ、きっと終わらせられる。
ふらりと部屋を出ようと歩き出すと、心底楽しそうな笑い声が後ろから追いかけてきた。
「くくっ、てめえも大概だな。認めちまえば楽なのによ」
「………」
「そうだな…泣いて縋れば、どうにかしてやらないこともないんだぜ」
掛けられた声に、ぴたりと立ち止まる。泣いて縋る…ね。面白いことを言ってくれる。くるりと声の主へと振り向き、頬を吊り上げた。
「てめえの助けなんざ、こっちから願い下げだ」
***
客のいなくなった部屋。先ほどのやりとりを思い出し、俺は満足して息を吐いた。
まさか、ちょっと本当のことを言ってやっただけで、あんな反応をされるとは。いつも毅然と前ばかり向いていたあの男が、情けなく揺らぎそうになっていた。俺なんかに慈悲を求めるほど、切羽詰っていた。
(それでいて―――…)
まだ、堕ちない。
虚勢であろうとも、最後までは堕ちきらない。煽れば煽るほど、毅然としたまだ王様としてあろうとする。ああ、たまらない。
「もう少し、か?」
きっとあともうひと押しで、あいつは俺の手の中に堕ちてくるだろう。このままじわじわと打ちのめされていく姿を見ているのも、また一興。しかしやはり、早く欲しい、という気持ちを抑えられない。
一人でくつくつと喉の奥を震わせながら、俺はスマホを取り出した。そうして目当ての人物に電話をかける。
『はい』
「おう、俺だ。今日もあいつ口説き落とせなかったわ」
『だから言ったでしょう。いくらあなたでも、会長は難しいですよ』
「だあーから内側から崩してんだろ、副会長さんよ」
そう言って笑えば、呆れたため息が伝わってきた。
欲しいものを手に入れるためなら、手段は選ばない。選んでいて手からすり抜けていったら元も子もないのだ。そんな未来は許されない。
だからこそすり抜けられないほどに、綿密な罠をかけなければ。どんな方法だっていい。絶対に逃げられないような状況、つまり逃げようとさえ思わない状況を作ってしまえばいい。
あいつが自ら、深みに嵌ってくるような。
「それで、だ」
『はい』
「お前んとこの親衛隊、動かせ」
『………は?』
下した命令に返ってきた間抜けな声。二つ返事で承諾されなかったことに、ピクリと眉を上げた。
この男は、いったいいつから俺に刃向うようになったんだ?
「なんだ、不服か?」
『いや、そういうわけでは…でもそれですと、会長が…』
「なんだあ?随分とあいつに執心してるみたいだなあ…お前、俺と恋敵なんぞになろうとでもしているのか?」
「ーーー…っ」
そう冷たい声で言い放てば、言葉を失くす副会長様ーーー否、我らが副総長。もちろんこいつの優先順位のトップに俺が君臨しているのは知っている。知ったうえで、だ。
『そういうわけではありません。ご存知でしょう?もちろん総長が仰るのであれば、御意に』
「おお、イイコだな」
『しかし一つだけ問わせてください…最悪の場合、会長の初めては失われますが、良いのですか?』
言われた言葉に、俺はニヤリと口角を吊り上げる。間抜けな質問だ。そんなの、これから、が確実になるとするならば些細なことだ。
「構わねえよ?むしろ大歓迎だ」
『…総長』
「どん底から救い出すのが、ヒーローだろう?」
深く深く、底辺を見せてやれ。地獄を見たならば、そこから俺が救い出してやるから。俺から離れるなんて考えられないほどに、あいつのすべてになってやろう。
「あいつの光は、俺だけでいいんだよ」
*end*
すこしずつ、しかしたしかに
(きっと、元に)
(墜ちてこい)
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