100万打御礼企画 | ナノ
「っ、触んじゃねえ…!」
明確な拒絶と共にパシッと振り払われた手。
そのまま部屋を飛び出していく後ろ姿を、俺はただ呆然と見つめることしかできなかった。
【恋人に、拒否られました。】
あれから一夜明け。
現在壮絶にブルーな俺は、教室の一番端の自分の席からじっと我が恋人を見つめているわけであるが。向こうはこちらに気づく気配すらなく、わらわらと周りに集まっているクラスメート達と談笑していた。俺が今どんな気分でいるかも知らずに。昨日あんな別れ方をしたのに、こちらを気にするそぶりなど一切見せずに。
なんなんだ、珍しく教室にいるからって俺の恋人に気安く話しかけやがって。あいつもあいつだ、へらへら不用意に笑うなんて。だって、そんな、俺は拒否られたのに…!
「あら委員長?どったのいーいーんーちょー?」
「うるっせえな、邪魔するな」
「だって顔がとっても怖くなってるよー?」
「お前のトップのせいだろが!」
チャラチャラした男がわざと俺の視界を遮るように机に乗っかってくる。俺の淀んだ気のせいで周りには人がいなかったのに、わざわざ絡んでくるのなんて生徒会のやつらぐらいだ。俺の部下はいち早く逃げ出そうとするのに。
目の前であはは〜だよね〜と愉快そうに笑う顔が本当に癪に障る。鬱陶しくて顔面を引っ掴んでやれば、甘いマスクにそぐわぬ情けない悲鳴をあげた。
「ちょっと痛いよ委員長、暴力反対〜」
「うるせえあいつの方がすぐ手出すだろうが」
「まあ会長は確かにすぐ手が出るけどねえ〜でも委員長の前ではかわいくなっちゃうんでしょ?ふふふ〜」
「チッ………そうだったら、どれだけいいか」
ぼそっと呟けば、あまりに切実すぎたのかさすがの会計も押し黙った。そうだその口をさっさと閉じろ。ごめんね、地雷だった?とこっそり聞いてくるのを黙れと一蹴。
邪魔な男をぐいぐいと机から押し退け、やっと恋人を視界に収められてほっと息をつく。ああ、しかし我が恋人ながら、離れたところから見ても人智を超える男前だ。
つい先週付き合い始めた恋人は、我が校の生徒会長。犬猿の仲だったはずの俺たちが付き合いだしたというニュースは、光の速さで学園中に拡散された。
周りからはあんなにケンカしてたのにと冷やかされていたし、一般生からはどうせすぐに別れるだろうと賭け対象として扱われていたのも知っている。それにいちいち目くじらを立てるほど暇ではなかったし、有名税だとは承知しているけれど。でもだからこそ、そんな奴らを黙らせるためにもあいつのことは大切にしようと、俺は心に誓ったのだ。
それでもさすがに最初は今までのようにぶつかり合うかと思っていたんだ。ケンカ三昧だった俺たちにとって、ケンカがコミュニケーションツールみたいなものだったし、そうお互いが思っていたからこそ好きになったわけだから。だから別にぶつかり合ったって構わない、大切なところで思いが通じ合ってさえいれば。そう願った通り、とりあえず初めの一週間は順調だったんだ。いつも通りケンカをしつつ、でもお互いを好きあって。
順調だった。いや、順調だと思っていた―――…昨日までは。
『っ、触んじゃねえ…!』
浮かれまくっていた俺が、つい、つい大丈夫だと思って、手を握ろうとした瞬間。
ぎょっとした顔で振り払われた手。あれはケンカではない。紛うことなき拒絶。出会ってから今まで、ケンカはしようとも味わったことのなかった拒否に、俺は愕然とした。
あいつが多少潔癖なのは噂で聞いていたし、確かにベタベタ触られるのを嫌うのは知っていたけれど、まさかあんな風に振り払われるなんて思っていなくて。自分は特別だと自惚れていた自分が恥ずかしくて、近づけたと思ったのは勘違いだったのかと悲しくて、でも恋人なのにと憤慨する自分もいて―――一睡もできずに、今に至る。
(なんにせよまじ凹む…)
がっくりと項垂れていた顔をフルフルと小刻みに震えながら上げる。見えるのはやはり笑顔大安売りなあいつ。昨日はあんな顔してたのに。俺にはあんな顔してたのに。
拒否された手前、こっちから気安く話しかけることもできずに恨めしく見つめ続け、もはやストーカーのように監視し続けていた俺は、しかし次の瞬間、イスから勢いよく立ち上がった。
(は―――――!?)
目の前で繰り広げられた光景。
後ろの席の副会長のペットボトルに何の抵抗もなく口を付けたあいつ。カッとなって、気づけば人だかりを薙ぎ払って腕をとっていた。
「は!?おい!」
「ちょっと来い!」
「やめろって!」
「いいから来いっつってんだ!!」
本気で怒鳴り、騒然となる教室。呆然としているのを良いことに無理やり立たせて、引きずるように教室を出た。
穏便ではない俺たちの様子に廊下中の注目が一気に集まる。ほらやっぱりスピード破局だとか一瞬で噂になるんだろうが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。こいつの真意を聞かない限り、その噂は真実になるのだから。
「やめろ、やめろって…!」
「うるせえ黙ってついて来い」
「ちょ、おい頼むから…っ」
必死になって逃げだそうとするのを無理やり引っ張る。だけどやっぱり拒絶するその姿に、俺はもう引くに引けなかった。
なんでだ。なんでだよ。そんなに俺のことが嫌いなのか。だったら言ってくれればよかったのに。こんなに持ち上げてから沈めるなんて、最初に断るよりも残酷なんだよ。
適当な空き教室に引きずり込む。ドンッと押し込むように背中を押せば、教室の中心で止まった背中はこちらを向こうとはせず、俺の掴んでいた腕をギリッと握り締めていて。
その姿に―――泣きたくなった。
「…んなに、嫌かよ…」
「…っ…」
「なんとか言えよ!言うことがあるんじゃねえのか!?」
俺の声にビクッと震えた体に歯を食い縛る。一向にこちらを向こうとしない背中に焦れて、肩を掴んで強引にこちらを向かせた。
「こっち向けって!」
「触んじゃねえよ!」
「っ!」
再び振り払われた腕。俯いたままこちらを見ようとしない顔に、渇いた笑いが零れた。
なんだ、なんだってんだ。なにが好きあってるだ。完全に俺の勘違いかよ。空回りしてただけかよ。
馬鹿らしくなって、一気に熱くなっていた感情が冷めるのを感じる。これで、終わりか。
「…もう、いいわ。悪かったな、無理やり付きあわせちまってよ」
「え?ちょ、」
「触れるのも嫌な相手に迫られて気持ち悪かったろ。もう近づかねえから」
「なに、言って…!」
弄ばれたなんて思うのもおこがましいのかもしれない。一週間だけでも幸せな時間を過ごせたことを感謝すべきなのかもしれない。
でもやっぱり今は、そんな寛大になれるほど俺は人間が出来ていないから。だからせめてこれ以上こいつを傷つけるような言葉を吐いてしまう前に、と今度は俺が背を向ける。教室のドアノブに手を掛けて、扉を開けようとした瞬間―――ドンと、背中にぬくもりを感じた。
「ちが、違う…!無理やりなんかじゃない!嫌なわけない…!」
「へ?お前…?」
「俺もお前のことが好きだって言ったろ!」
「い、いやでもお前、俺のことあんな拒絶したじゃねえか…触れるのも嫌なんだろ?」
「うぁっ…!」
後ろから抱きしめてくる手首をするりと握ろうとすれば、ビクッと過敏に反応して引っ込められる腕。ほら見ろ、嫌なんじゃねえか。触ろうとして逃げられて、行き場を失くした手をぐっと握った。
「あっ、ごめ、悪い、違うんだ!これは…っ」
「いいから無理すんなって。さすがにここまでして合わせてもらっても嬉しくね…」
「―――だから!」
ぐいっと無理やり振り向かされる。
悔しそうに睨みつけてくる顔。それはどこか薄らと上気していて、こんな時だってのにそのエロさに目を奪われた。
「だから俺は!全身性感帯なんだよ…!」
「………は?」
言われた言葉を瞬間理解できずに反応が鈍る。
なんだって?全身?全身セイカンタイ…?
「特にお前相手だと、どこもかしこもダメで…っ」
「ちょ、おい」
「だけどこんなこと言えるわけねえだろ!お前に触れられる度に感じちまってるなんて!言えるかよ!言えっかよバーカ!!!」
もう自棄になって喚きだすそいつの目元は赤らみ、瞳は潤む。さっきまで強引だったにも関わらず俺が一歩踏み出すと後ずさる姿に、さっきまでの俺なら傷ついていたことだろう。だけど真実を知ってしまった今は―――…
「なにそれ…なんで早く言ってくんねえの」
「っん、引くだろ、こんなの…」
「んなわけあるかよ、アホだなお前も…」
「はあっ…やだ、って…!」
するりと赤らんだ目元すれば、ひくっと震えて涙が零れ落ちる。その手を抑えるように掴んでくる手も震えてることに気づいて、堪らず流れ落ちた涙の跡を舌で辿れば、か細い悲鳴が漏れた。
「たまんねえ…あーもう、悩んだのが馬鹿みてえだ」
「も、いいだろ!頼むから…っ」
「バーカ、ここで離してやれる男なんかいるわけねえだろ」
「ちょ、やめ…!」
こいつは確かに悪くない。悪くはないけれど、とりあえず今日一日死ぬほど凹んだ分を返してもらいたい。それくらい俺は死ぬほど凹んで悩んだのだから。
必死に逃げようとする腰を掴まえて、震える唇にキスをした。
*end*
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