100万打御礼企画 | ナノ
会議室から見える桜の木は、花芽はつけども咲いてはなくて。
けれどもきっと、いつものように4月には散ってしまっているんだろう。
春休みの間に、まるで人目を忍ぶかのように咲き誇り、散っていくその姿を、自分のようだと思った。
【卒業】
委員会の会議で使ういつもの会議室の、いつもの席。いつもの筆箱と手帳を持って、いつもと同じように席につく。
いつもと違うのは、いつも通りセッティングされている席には誰も座っていないこと。夕日が差し込むガランとした会議室の中、俺は一人だった。
「あー…なにしてんだ、俺」
響く問いへの答えはなく、意味を成さなかった音は静かな空間へと吸い込まれていった。
馬鹿だと思う。わかっていた。ここに来たところで、誰もいないことなんて。だけど、それでも。それでも俺には、あの人との繋がりはここしかなかったから。
いつも絶対に伏せることなどない机にがくりと突っ伏す。会議中だったら全員の視線が集まるこの席で、というか司会進行を務める以上、ここで眠るなんてことありえない。こんなことしたら真横の副に一瞬で叩き起こされるだろう。もしくはもう片側から怒鳴られるか。嫌味やらなんやら余計な文句が多くて、きっと相当鬱陶しいことを言われるだろうな。
ああ、だけど、怒鳴られるだけでもいいから、話しかけてほしい。こっちを見て、俺を認識してほしい。俺のことを、少しでいいから。今更、そんなことを思う。
(…虚しすぎんだろ)
生徒会室に帰ろう。きっとそろそろ、心配されている頃だろうから。
そう思って起こした体。立ち上がろうと机に手を付いた瞬間、突然ガラリと扉が開いた。
「は…?」
「え…?」
思わず、見つめあって数秒。
突如現れた男は、卒業生だけが付ける赤い花を胸元に付けていて。猛禽類のような顔に可憐な花の組み合わせは、やはり何度見ても似合っていなくて笑いそうになってしまう。式の間も何度吹き出しそうになったことか。
そしてそのちょうど隣あたり、とっくに無くなっているだろうと思っていた位置のボタンが残っていて。しかし自然とそれを確認しにいった自分にはっと我に返った。
「…こんなところで奇遇ですね、なにしに来たんですか」
「いや俺は…つーかお前こそなんで」
「俺はちょっと、忘れ物を取りに」
下手な言い訳。いくらなんでもこんな言い訳、と思わずにはいられないが、まさかこんな辺鄙なところに誰か来るなんて思ってなかったから。だけど机と椅子とホワイトボードくらいしかない部屋だ。傍から見たら、確かにそれ以外に理由があるとも思えないんだろう。納得したようなしてないような顔をして、しかし珍しく突っかかってきもせずに中へと入ってきた。
「祝辞、ありがとうな」
「…いえ」
「お前にしちゃ上出来だったんじゃねえの」
「め、ずらしいな…明日雪でも降りそうだ」
やめてくれ。そんなこと、そんなこと言わないでくれ。
椅子から立ち上がって持ち物を重ねる。書類を重ねる手が震えてるのは、きっと気のせいだ。
あの原稿を考えているとき、なんど涙が溢れそうになったことか。あの言葉を講堂に響かせているとき、なんど叫び出しそうになったことか。
今だって、あんたが目の前にいるってのに、逃げ出しそうになるほど。
「俺よお、ここの桜、すげー好きなんだ。いつも卒業式と入学式の間で咲くだろ?」
「………」
「見れる奴少ないだろうけど、だから、なんか得した気分になる」
…―――俺もです。
口をついて出てきそうになった言葉。寸でで飲み込んだ。
こっちを向こうとはしない顔。窓に外を見るその横顔は、影が落ちていてよくわからない。だけどこっちを見てくれないでよかった。きっと俺は今、泣きそうな顔をしてるから。
「ま、今年は咲いてるところ見てやれねえけど…最後に見ておきたくて」
「だからここに?」
「ん。見納めだ」
見納めだ。それはきっと、俺も。
こんなにも近くでこの人を見るのは、感じるのは、きっと、今日が最後。
「…卒業、おめでとうございます」
絞り出した言葉。喉が熱い。熱くて、痛くて、張り裂けそうで。
驚いたようにこちらを見たその人は、いつものようにニヤリと笑った。
「なんだ、恋しがってくれんのか?」
「まさか。あんたがいなくなって清々しますよ」
「くくっ、減らず口を」
ニヤニヤしている先輩に、口角を上げて応えてやる。
先輩が開けっ放しにしていた扉に向かって歩き出す。静かな部屋に、カツカツと靴音が響く。俺を追う視線を背中に感じる。扉まで辿り着いたとき、そうだ、と言われて振り向いた。
「よっ、それ、お前にやるよ」
「え?」
「来年もこの学園を無事に守っていけるよう、お守りに」
投げられたそれは、金色に光るボタン。
さっきまで付いてたはずの上から二番目のボタンは、いつの間にか消えていて。
「お前とトップ張れて、楽しかったぜ」
「―――…っ」
ぐ、と歯を食い縛る。逆光で、先輩の表情は見えなかった。
「ありがとう、ございました…っ!」
頭を下げる。顔を上げる勇気はなくて、そのまま背を向けて走り出した。
泣きたかった。叫びたかった。
あんたのことが好きなんだと。好きで好きで堪らないのだと、心の底から。
あれから数日。
見事に咲き誇った桜は、涙が出そうなほど美しくて。
人目を忍ぶように咲き、人知れず散っていくそれは、やはり自分のようだと、思った。
*end*
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