Arcadia番外編 | ナノ





最近、隼人がめっきり綺麗になった。
もちろんあいつは決して中性的なわけではないし、悔しいことに俺のように女顔でもない。むしろ正統派なイケメンと呼ばれる類の顔の整い方。けれど確かに、綺麗になった、と思うわけで。
なんだ、俺の知らない所でなにかあったのか…なんて考えながら見つめていると、授業中だというのに視線に気づいた隼人はくるりと振り向いて。
そうして幼馴染はふわりと、それはそれは綺麗に笑んだのだった。






【無意識じゃいられない】






「うわっ…」



小さいけれど確かに漏れ聞こえた感嘆の声。その声の方にちらりと視線をやれば、顔を赤らめたチワワが目に入る。たまたま今のを見てしまったのであろう可哀想なクラスメート。隼人が綺麗になったと思うのは、どうやら俺だけじゃないらしい。


元々整った顔立ちをしている隼人のどこがどう変わったのかと聞かれれば、なんて言うか、仕草だとか、雰囲気だとか、そういった抽象的な言葉しか出てこないのだけれど。
開け放たれた窓から入ってくる風が揺らす、緩くウェーブのかかった茶髪が。
碌なことを考えてないだろうに、なにかを考えているかのように傾げられた首のラインが。
下手な落書きしか書かれていないノートを見る、伏せられた瞳が。
捲り上げたシャツから覗く、立ち向かう者を完膚なきまでに打ちのめす腕が。
なにを書くわけでもいのに、生意気にもシャーペンを握っているしなやかな指が。
そしてなにより、最近ぱたりと弱音を吐かなくなった、その紅い唇が―――酷く、綺麗で。
隼人を形作るすべてが眩しくて、それでいてどこか、艶やかだった。



(…俺、なんか頭おかしくなったかも)



はっと我に返り、改めて気持ち悪い自分の思考回路にため息を吐く。なに考えてんだ俺は、最近こんなんばっかりじゃないか?勘弁してくれ。
ふっと視線を外して微かに頭を振ると、隣の席のチャラ男がニヤリと笑った。



「ふふっ、見過ぎなんじゃなあい?」



ああ、鬱陶しい奴に絡まれた。
ニヤニヤしながら間延びした口調で言われ眉根を寄せる。俺にしか聞こえない程度の小声だから良いものの、周りに聞かれでもしていたら殴ってやったものを。白を切るというよりも、こいつを試す意味で敢えてなにを言っているかわからない、と言うように目線をやれば、稲嶺は顎で隼人を指した。



「ま、確かに楢原、綺麗になったよねえ」



そう言って小さく笑うクラスメート。ああくそ、バレバレじゃねぇか。うるせえよ、とだけ返して机に突っ伏す。まったくこいつの観察眼には恐れ入る。そんなにあからさまなはずはないんだが。これがプレイボーイを地で行く由縁か、なんて。





隼人は、俺のすべてだった。
俺を生かしてくれた。俺に世界をくれた。俺に生きる意味をくれた。
いつだって一緒にいた。どんな時も隣にいた。
楽しい時も、苦しい時も、笑う時も、泣く時も。
俺の隣にはお前がいて、お前の隣には俺がいた。
それは、今も昔もこれからも、ずっとずっと変わらないことなのだけれど。


いつからだろう、お前がどんどん綺麗になっていったのは。
いつの間にお前は、こんなにも大人で、綺麗で、魅力的になったんだ。



「―――祐っ」



ほら、そうやって今日もお前は、その声で俺の名を呼び、とびきりの笑顔で俺を見る。
何故だろう。お前の口が紡ぐのが俺の名前で、お前の瞳に映るのが俺だけだということが―――ああ、こんなにも、嬉しくて嬉しくてたまらない。





*end*



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