とりあえずコップに注いだポカリと水とタオル入りのたらいを携えて祐の部屋へと向かう。両手がふさがりノックしようにもできないので、肘やら足やらを駆使して音を立てないようにそっと扉を開けた。
「祐?寝てんのか…?」
そっとベッドに近づくと、静かに寝息をたてる祐の姿。そのあどけなく無防備な顔に思わず頬が緩む。小さな頃はいつもこんな顔して俺の後ろにくっついてきてたのに。今じゃ先回りばかりしたがって無理をする、困った幼馴染み。
サイドテーブルにコップを置いて、水に浸ったタオルを絞って汗を滲ませる額を拭ってやると、ん…と気持ち良さそうな声を漏らした。
『はーくん!はーくんどこにいるのっ?』
数ヵ月だけ先に生まれた俺の後ろにいつもついて回っていた祐は、俺のことが大好きで。
『ゆー、こっちだよ。どうしたの?』
信頼して俺だけに頼ってくれるのが、嬉しくて、誇らしくて。俺は、祐のことが大好きだった。
『はーくん!よかった…ひとり、やなの。いっしょにいて…』
雨の日に偶然車で通りかかった公園で、たった一人でブランコに腰かけていた祐。気づけば俺は、車から飛び出して傘をさしだしていた。
帰る家も家族もない、と震える祐を、無理矢理連れ帰ったのは別に気紛れなんかじゃなくて。幼心になにかを感じていたんだと思う。
こいつには俺が必要で。
俺にはこいつが必要だってこと。
しばらくはずっと俺にしか心を開かなかった祐は、しかし同時に独りを極端に怖がった。つまり俺がいなきゃひどく不安定。そんな祐を安心させようと、幼いながら必死に大人の顔して笑おうとしていたのを覚えている。
しかし今やいつの間にか“はーくん”は“隼人”に変わり、どこか義務のように俺を守ろうとするようになってしまった。恩返しとでも言いたいのか、そのために無理する祐を、俺はもう見たくはないのに。
だけどもしそんなこと言ったら、祐の存在意義を否定してしまうのかもしれないと思うと、怖くて。口になんか出せやしない。
(そんなこと、ありえないのに。お前がそう思ってそうで、俺は怖いよ)
寧ろ傍にいてくれるだけでいい。それだけで俺は頑張れるのに。
お前は甘えなくなって、“いっしょにいて”なんて言ってくれなくなった。あの頃から変わらなかったものなんて、ほとんどないけど。
でも、大好きだという気持ちは、あの頃のまま―――…
「……は、やと…?」
「あ、わり。起こした?」
ゆるりと開いた目は、やっぱりいつもより弱気。あの頃のように、安心させるようにふわりと笑うと、祐はふるふると首を振った。
「ならよかった。ポカリ持ってきたけど飲む?」
「…今は、いい」
「ん、わかった」
タオルで汗を拭いてやる。冷たかったそれは、祐の体温によってすぐに温くなっていった。
気持ち良さそうに猫のように目を細める祐が、ひどく綺麗で。なぜか思わず、サッと手を引いてしまった。
「…さんきゅ」
「あ、ん…汗かいたな。着替え持ってくるわ」
心臓がうるさくて、気分が落ち着かなくて、とりあえず離れようと立ち上がった――――が、しかし。
「っ!」
手首を掴まれ、離れようとするのを止められる。
触れる高い体温、ぎゅっと握られる手首。
不謹慎ながら、どきりと胸が高鳴った。
「なに…どしたの」
「わるい…ちょっと、いっしょにいて…」
そう言って、少し申し訳なさそうに笑う。
(…―――あぁ、)
あぁ、愛しい。
やっぱり俺、お前のことが大好きだ。
「ん、もちろん」
隣に座り直し、頬を緩める。俺の手首を掴んでる手を取って、しっかりと指を絡ませた。
小さい頃は、なにかを伝えなきゃと焦って、でもなにを伝えるべきなのかわからなかった。今だって全てをわかってるわけじゃない。どこまで言っていいのか、お前を繋ぎ止めるにはなにを伝えればいいのか、わからないことばかりで。
だけど、言わなきゃならないことなら、わかった気がするんだ。
俺はここにいるよ。祐は独りなんかじゃないよ。
「祐、大好きだよ」
*end*
ずっとずっと、君の傍にいるよ。
だから君も、俺の傍にいて。
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