Arcadia番外編 | ナノ





入学した時からずっと、決まってたむろしている屋上。朝、お昼、放課後、サボりたい時。何があるわけでもない。何をするわけでもない。でもなぜか、時間ができるとボーッとしにくるのが日課で。一人でも、二人でも、この空間はとても心地がいいから。
今日も今日とて俺達はここで、酷く無駄なようで、とても大切な時間を過ごす。


これが、俺達の日常。
これまでも、そしてずーっと、これからも。





【埋めようのないゼロセンチ】





ごろりと後ろへ寝転がると、それを追うようにはちみつ色した頭も隣へと着地して。真っ青な空を背景にキラキラと光るのも綺麗だけど、灰色のコンクリートに散らばる金髪も綺麗だなぁ、なんてぼんやりと思った。その金糸へと手を伸ばし、掬い上げようとするも、ハラハラと指の間から零れ落ちていってしまって。それがなんだか悔しくて、どうにか手の中に収めようと躍起になる。



(―――祐、みたいだ)



こんなに近くにいるくせに、決して捕まえることはできない。手にしたと思ったら、あっという間に手からするりと零れ落ちてしまう。
なんて、そもそもまだ、手を伸ばすことさえ怖いのだけれど。


不意に感じた視線。ゆるりと目を上げると、すぐそこに怖いくらいに綺麗な顔があって。切れ長の目と至近距離で見つめあって、心臓が壊れそうなくらい跳ねた。
色素の薄いその綺麗な瞳に、気持ちを全部見透かされているような感覚に陥る。



「…なにしてんの?」



吐息を感じるほどに近い距離。
俺の胸を叩き破って出てこようとしているのかと疑いたくなるくらい、心臓がけたたましい音をたてている。こんなに近いと、きっと祐にも鼓動が伝わってしまう。



「べ、別にっ…」



いつの間にか掴むことのできていた金糸を名残惜しくも手離すと、あっという間に落ちていく。はちみつ色に溶けて、すぐにわからなくなってしまう。



「ふーん、そう」



未だに見つめ合いながら、祐の口元は微かに弧を描く。
サァと吹いた秋風が、サラサラの金髪をさらっていった。俺が苦労して掴んだ金糸をいとも簡単にすべてを集めた風を受けるのに、半袖のワイシャツ一枚じゃ、さすがにもう肌寒い。


こんなにも好きなのに、好きだからこそ告げられない。今以上に近くなることなんて想像できないんだ。
だって、そうだろう?
きっと俺達の間に距離はない。だったらもう、離れるしかないんじゃないのか―――…?



「祐?」



唐突に祐の手が伸びてきて、その細くて長い指で俺の髪を絡めとった。
残念ながら祐と違って痛みやすい俺の髪は、パーマとカラーとで散々に痛めつけられていて、お世辞にも綺麗な髪とは言い難い。



「…祐、なに?」



その傷んだ髪を見つめながら、さっきのお返しとばかりに弄る祐。なんだかくすぐったくてそう尋ねると、別に?と言いながら、やめる気配はない。しばらく祐のさせたいようにさせておくと、髪に指を絡めたまま視線が戻ってくる。



「…隼人の髪、綺麗だな」



そう言ってふっと笑った祐は、もう一度綺麗…と呟いた。
瞬間、顔にカッと熱が集まるのがわかって、咄嗟に顔を伏せる。


あぁ、ダメだ。これ以上は、ダメだ。
これ以上ここにいたら、きっと俺の左胸は本当に破けてしまう。想いが溢れでてきてしまう。
だけど今の距離を保たなきゃ。もしもなにかが起こってしまったら、これ以上近づけない俺達は、離れるしかないのだから―――…



「…な、さみーよ、もう帰る?」
「ん、帰ろうか」



二人分の吐息が混ざりあって生まれる生暖かい空間。
こんなに近いのに。
こんなに触れ合っているのに。
告げられない想いを、俺はどうしたらいいのだろう。

起き上がって歩き出すと当たり前のように隣を歩く裕が、嬉しくて、切なくて。恥ずかしくて、苦しくて。



埋まらない。
埋められない。
大好きなあなたとの、埋めようのないゼロセンチ。





*end*



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