2章16の祐視点
手を洗うついでにネクタイも洗う。
洗面所から出てくると、ちょうど拓がネクタイをしているところだった。
「着替え済んだか?」
「祐、悪い、それ…」
「ん?構わねぇよ、お前と違って俺がタイつけてないのなんて気にされないだろ」
【kiss2】
声をかけた途端拓は俺が持っているのを見て、申し訳なさそうな、罰が悪そうな、それでいて苦々しそうな顔をした。さっさとしまえばよかったかと思いつつ、問題ないと笑ってみせる。
確かに俺は普段はネクタイを着けているが、D組の不良がネクタイを着けていようがなかろうが誰も興味は持たないだろう。まぁ、風紀の副あたりは目敏そうだから気づくかもしれないが。
しかしフォローしたところでこちらに意識など向いていないんだろう、苛々とした舌打ちと共に目を反らされた。
またいらねぇことを考えてんだろうな、と内心苦笑しつつベッドへと乗り上げる。
「どうした?」
「…なんでもない、こっちの話だ」
ぶっきらぼうに返ってきた返事。
あー、恐らくこれはダメなパターンだ。きっと拓にしては珍しく、自己嫌悪に陥ってるんだろう。何に対しての後悔や自己嫌悪なのかはわかりきっている。
(まったく、手のかかる幼馴染み様だ)
普段はこちらがヤキモキするほどにすべてを一人でこなし、乗り越えようとする拓だから。そんなこいつに世話を焼かなきゃいけない事態なのは決して宜しいとは言えないけれど、不謹慎ながらどこか嬉しく思う自分がいた。
「おい拓」
「ん?」
「この事について、俺や隼人に悪いだなんて思うのは許さねぇよ」
「あぁ、」
「これが俺達の役目なんだから」
「…わかってる、ありがとな」
なにがありがと、だ。
わかったとしてもわかっていて尚、割り切れてなんかねぇくせに。俺達のことで悩む必要なんてないと言ったって仕方ないのはわかってる。それでこそ拓だから。
だけどそれでいいと思ってる。上に立つ者は時に冷酷になる必要があるが、それだけでは反発を食らうから。正直拓は色々甘い気はするが、とりあえず今は置いておこう。
笑いそこねたような微笑を浮かべながらベッドから足を降ろす拓。
なぁ、だけど少なくとも俺達はお前を困らすためにいるわけじゃないんだ。お前にはもっと考えるべきことが沢山あるだろう?お前の支えになるためにいるのであって、お前の心労を増やしてそんな顔をさせたいわけじゃない。
なんにせよ、お前はそんな情けない顔で表に出るのは許されねぇよ。その原因が俺だというのなら、なおさら俺がどうにかしなきゃならない。
ならば、と拓の前にすっと跪き、ゆるりと頭を下げる。
「っおい、」
「お気になさらぬよう、拓巳様」
「っ、」
「貴方の手となり足となることが私の務めであり誇り。貴方のためとなるならば、いかなることでも致しましょう。
―――すべては拓巳様、貴方のために」
顔を上げ、漆黒のような瞳を見据える。
手をとり甲へと口づけた。
「っかったから、もうやめろ!」
「わかって頂けたなら結構。ご要望とあらば下のお世話もいくらでも致しますよ」
ニヤリと口角をつり上げる。
嫌そうにしながらも意図を汲みとり、拓がいつもの自分を取り戻そうとしているのがわかる。
「それじゃ、そろそろ出ますかね、ご主人様?」
「だからそれやめろって言ってんだろ…」
呆れたような目をこちらに向けながら、しかし扉へと向かう拓。それでいい、と口元に笑みが浮かんだ。
自分で無理矢理引き戻しておいて勝手だが、それでも罪悪感がないわけじゃない。
本当はもっと休ませてやりたい。しかし時間は待ってはくれない。部屋の外では早急に決断を下すべき問題と、拓を心配して気が狂いそうになってる者が今か今かと待っている。
抗議でも愚痴でも懺悔でも、あとでなんでも好きなだけ聞いてやるから。
(だから少しだけ、我慢してくれ)
誓ったのは忠誠。
結果的に貴方のためになるならば、俺は憎まれ役だって汚れ役だってなんだってしよう。
そう改めて自分に誓いながら、拓と共に部屋を出たのだった。
*end*
手の甲:尊敬・敬愛
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