Arcadia | ナノ
「うわ!滝川!?」
「瑠依…!」
「…そこまでだ、拓」
続けようとした言葉を遮ったのは、斜め後ろからの悲鳴と、静かな声。
驚いて振り向けば、菱川兄を拘束した祐がこちらを見据えていた。まさか、と目を見開くも、その切れ長の目は真剣に俺だけを見つめていて。菱川兄の細首に回った腕が、本気を出せば落とすことも絞めることも可能なこと、そして祐本人が躊躇なくそれをやってのけることは、誰の目にも明らかだった。
「これ以上は看過できない。お前を辞めさせるわけにはいかねぇんだ」
「祐お前…!」
「おい菱川、こいつは大切なんだろう?」
そう言って眉を上げた祐は、手始めに、とぎりっと絞めて見せた。喉を絞められてもがく菱川兄に、俺が叫んだのと弟が悲鳴を上げたのは同時だった。
「あぐぅっ…」
「おい祐やめろ!」
「やめて!お願い瑠依を傷つけないで…っ!」
泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってこようとする菱川。しかしその前に隼人が立ちはだかった。
「お願い、お願いだから、瑠依は関係ないんだ…!」
「甘いな、そんなに大切な相手を放っておいたのはお前のミスだ」
「卑怯者…!」
「お前にだけは言われたくないね。お兄さんを解放してほしければ篠崎を渡せ」
ついにボロボロと泣き出した菱川に、ぎゅっと拳を握る。これじゃあ、こんな脅迫、向こうと同じじゃないか。なにが違う。だけど確かに今は、誰一人傷つけずに収拾をつける方法がこれ以外に見つからないのもわかってる。わかってるんだ。それにもう仕掛けてしまったのだから、今はそんなこと考えている暇はない。
ふ、と息を吐いて、隼人の隣へ進み出る。涙を流しながら自分の兄しか目に入っていない菱川に、俺は口を開いた
「悪いな菱川…篠崎を、返してくれないか」
「……っ」
「頼む、これ以上お前の兄を苦しめたくない」
ぱっと俺を見て、すぐに踵を返しふらふらと篠崎の元へ戻っていく華奢な体。困惑する黒服を余所に、無言で篠崎の縄を解きだす。ちらりと祐を見ると、祐も頷いて菱川兄の拘束を解いた。解放された途端にげほげほと咽る菱川の背中を祐が撫でる。
「い、いいんですか坊ちゃん」
「いい。瑠依になにかあったら耐えられない」
「ですが…これだってすべて瑠依様のためなんじゃ」
ガタガタと震える手で縄を解いていく菱川弟。黒服が言う言葉に頭を振り続け、その反動でぱたぱたと落ちる涙が痛々しい。役目を失った他の黒服も、戸惑ったように視線を交わす。
不満があったのなら、俺にも篠崎にも、そして自分の兄にも、言ってくれればよかったんだ。抱え込まずに、率直に。兄貴に合わせて人格潰して、耐えきれなくなって爆発してしまうくらいなら。そんなにもお互いが大切なら、どうして、二人で解決しようとしなかった。お互いがお互いのためを想ってこんなことになるなんて、そんなことあっていいのか。そんなの悔しいじゃないか。虚しいじゃないか。
願っていた通り何事もなく済んだのに、重い空気に包まれたままの倉庫。
すべては、終わったのだと。決着がついたのだと。全員、油断していたんだ。
だからきっと、あれは防ぎようがなかった。誰のせいでも、なかった。
「―――ならば、坊ちゃんの無念、私が晴らしてみせましょう」
「え、」
「せめてあの男だけでも、私の道連れに…!」
刹那、黒服が動いた。
向けられた銃口。トリガーを引くのが、異様にスローで見える。
周りの人間が、一斉に動いたのを肌で感じた。
―――パァン…ッ
渇いた銃声が、響いた。
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