Arcadia | ナノ
「…要領を得ないな菱川よ。お前は一体なにが望みなんだ」
この流れは誤算だった、まさか俺までターゲットだったなんて。篠崎を助けに来たつもりだったが、まんまと罠に掛かったってわけか?
眉を寄せる俺に、それは愉快そうにくすくすと笑う菱川。いつもだったらこの、人の気を逆撫でする笑い声は二人分だった。しかし今その片割れは、俺の隣で呆然としている。それでも、怯えさえ滲ませている大切な半身を見てさえも、我には返らないのか。止まらないのか。
「なにって、別に。僕に要求は今までとはなにも変わってないよ」
「今まで…?」
「僕はただ、会長先輩に表舞台からいなくなってほしいだけ…会長先輩さ、会長職、降りてよ」
「……っ」
真正面から、初めて、直接言われたそれ。瞬間、言葉が出なかった。
さらりとその言葉を吐いた口は、ゆるりと満足気に弧を描く。今までだって、そうだとはわかっていたけれど。直球で言われると、存外堪える。
「驚いたな…本気でそんな言ってんのは宏紀だけかと思ってたよ」
「副会長先輩とは利害が一致しただけ」
「瑠佳、なんでそんな…!」
そこで菱川兄、お前が出てくるのもこっちにしてみればわけがわからない。
だけどきっと、お前は本気で篠崎が好きで、あいつについて回っていたんだろう。自分が好きなんだから、弟もそうだと信じて疑わなかった。だが弟はそうじゃなかった。なにがあったか知らないが、一心同体のお前らにも感じ方の齟齬が出てきてしまったわけだ。別人なんだから、当たり前の話だが。
「…なら菱川、俺はもう今ここにいる。篠崎は離してやってくれないか」
「それはダメ、会長はおまけみたいなものだもの」
「は?」
「―――篠崎にこそ、消えてもらわなきゃ」
生気の消えたようだった瞳が、急に爛々とした光を灯す。それは、仄暗い憎悪の瞳。俺はこの瞳を前にも、食堂で見たことがあった。あの時はてっきり俺だけに向けられた憎悪だと思っていたのに。
あんなに前からこいつの憎悪は積もっていたのか。なにをしでかすかわからない狂気を孕んだその瞳に、ぞわりと悪寒がした。
「さあ、ここからが本題だよ」
無邪気なその言葉を合図に、黒服が一斉に動いた。
4人が散らばり、しかし仕掛けてはこない。祐と隼人がじりじりと間合いを計って牽制するなか、最後の一人が菱川と篠崎のすぐ傍まで寄って。しまったと思った時には、引きずりあげられた篠崎の体に、不自然に黒服が密着していた。
「いい?僕の要求は、たった二つ」
「菱川…っ!」
「会長先輩と篠崎の退学。金輪際、僕らの前に姿を現さないで」
言い切った菱川の目に、迷いはなかった。
しくじった。交渉の可能性があるならどうにかしようと思っていたが、交渉するつもりなんて、向こうには端からなかったわけだ。
「そう焦くなよ菱川…銃刀法違反だぜ?」
「そんなのいくらでも揉み消せる」
「…俺はともかく、篠崎は難しいと思うけどな」
考えろ、考えるんだ。
あいつに銃なんか使わせるな。篠崎を撃たせなんかしない。逆上させたら終わりだ。だけどきっと、誤魔化しなんて効きやしない。
迷ったのは一瞬。すぐに覚悟は決まった。
「わかった菱川、俺は―――…」
地位なんて、そんなもの捨ててやる。
これからいくらだってやり直せる。自分次第で、いくらでも。
だけど―――それは、ダメだ。
その引き金を引いてしまったら、もう後には引けない。篠崎も…お前自身も。
まだ間に合う。まだ引き返せる。だから、頼むから、思い留まってくれ―――…
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