Arcadia | ナノ
「祐っ!」
菱川から案内された倉庫の前で、護衛らしき男をちょうど伸していた金髪。鳩尾に一発のめり込ませた痩身の前にデカい黒スーツが倒れ込む。一仕事終えてぱっと顔を上げた幼なじみは、揃って走っていく俺たちを見て驚いたように瞬いた。
「祐お前、大丈夫かっ」
「は?なにが、つかお前ら」
「こん中に菱川が篠崎拉致ってんだ」
すでに一戦終えたらしい祐の無事を確かめる俺の真横を隼人が通り過ぎる。祐がなんともないことを確認してそちらを見れば、中の様子を窺いつつ隼人は真剣な顔で頷いた。
やはり篠崎と菱川弟は中にいる。篠崎兄の情報は正しかったわけだ。
「…なるほど、あいつらが」
「なにか見たのか?」
「ああ、今ここに黒服共がぞろぞろ入ってくんで気になってこっち来たらいきなり仕掛けられたんだ」
仕掛けられたところを返り討ち、ってか。
しかし今入っていったというのなら、おそらく篠崎はまだ大丈夫だ。とりあえずすでに手遅れになってはいないことに安堵する。
つーかお前はマフィアを一瞬で沈めたのかと祐を見れば、本人もそう思っていたようで。
「…そんな、プロの感触はしなかったが」
「え?」
「えっ、でもそんなはずは…!だって瑠佳はっ!」
「───静かに」
菱川兄が困惑したように訴えるのを、隼人の静かな声が静止する。悲壮感すら窺える表情が妙で引っかかったが、しかしその場に走った緊張感に開きかけた口を閉じた。こいつらの特殊な兄弟関係に首を突っ込むのはまた後だ。
確かこの倉庫はほぼただのコンクリ打ちっぱなしだったはず。出入り口は愚か、窓だってこのデカい扉の覗き窓しかない。入るのも出るのもここからだけ。つまり戦略など考えても無駄だ。打てる策などないに等しい。
であるならば、相手がマフィアじゃない可能性が高まった今───強行しかない、か。
「っし、ここにいても仕方ねぇ。助けにいくぞ」
「は?なに言ってんだお前」
「出入り口はここしかねぇんだ、もう突っ込むしかないだろ?」
そう言って口角を上げれば、祐の馬鹿みたいに綺麗な顔が険しく歪む。しかし口を開きかけて言葉に窮した祐は、隼人に視線で助けを求めた。けれど隼人は苦笑いを浮かべるだけで。それを見て、舌打ちと共に鋭い殺気を滲ませて戻ってきた視線。触れたら切れそうなそれに殺されそうだ。
「拓、お前それ本気で言ってんのか?」
「そりゃあな、俺が菱川に頼まれたんだ。篠崎も菱川も、助けてやりたい」
「…っ」
瞬間、ガッと掴まれる胸倉。
躊躇も遠慮もない絞められ方に、歯を食い縛りつつニヤリと笑って返してやる。
殺気を孕んだ信じられないほど綺麗な顔が間近に迫った。さすが、キレればキレるほど祐は鋭利な美しさが際立つ。
「───自分の立場を、自覚しろ」
静かに告げられた言葉。
言われるだろうと思っていた。一言一句違わぬ予想通りのそれ。
確かにここですんなり割り切れないのは、立場ってものを理解できてないからなのかもしれない。人に任せるということができないのは、自覚ってものが足りないからなのかもしれない。
だけどそんなの、耳障りの良い言葉を選んでいるだけで。
ここで自分だけ安全地帯に逃げることが。
自分以外を平気で切り捨てられることが。
それが、“楢原”の当主なのだというのなら。
「わかってるさ、俺は───瀬戸拓巳だ」
そんな地位など、俺はいらない。
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