Arcadia | ナノ
〈SIDE:菱川瑠佳〉
『ルイ、ルイ、なんていい子なの』
『ああルイ、こんなに立派になって』
向けられる笑顔。掛けられる言葉。優しい眼差し。
それらは、すべて兄へのもので。
大好きな兄を立派だと、素晴らしいと誉めてくれる大人たち。こんなことを言ってくれるなんて、彼らはきっと、とてもとても良い人たち。
だけど、それは兄さんに言ってあげて。きっと瑠依もとても喜ぶから。だってほら、僕は瑠佳だよ、瑠依じゃない。
『なにを言っているの?ルイ』
『悪ふざけはよしなさい。ルカなんて、そんな子いないよ』
───うそ、うそだよ、そんなはずない。
だって僕は瑠佳だもの。兄さんの、瑠依のほんの少し後に生まれた、双子の弟の瑠佳だもの。顔は確かにそっくりだけど、だけど僕らは同じじゃないよ。
『ああ、少し疲れたのかもな』
『かわいそうに。お部屋でやすんでいらっしゃい』
自分は瑠佳なのだと訴えれば訴えるほど、怪訝な顔をされる。大丈夫かと純粋に心配してくる大人たち。最初はわけがわからなかったけれど、ずっとその調子で言われ続ければ、いくら幼くとも気づかずにいられるはずもなくて。
───ああそうか、と。
この人たちにとって、自分はいない存在なのだと。この人たちには兄しか存在していないのだと。
そしてそれが、どういう意味を持っているのかも───自分がなんのための存在なのかも、わかってしまって。
それがわかってしまえば、大人たちの対応は当然のものだった。間違えてなんかいなかった。ストンと、すべてが腑に落ちた。
『僕は瑠依でお前は瑠佳だ、お前はお前に決まってるだろ!』
僕が納得した後も、そう言って僕を僕として存在させようと瑠依は必死だったけれど。でもそんなの必要なかった。
だって、世の中にはなんのために存在してるかさえわからない人は大勢いるんだから。世界なんて有象無象だらけ。だけどそんな中で、瑠依はすべきことをもって生まれた数少ない尊い人間なんだ。そして僕は、瑠依のために存在している。
大切な大切な君のために、僕は存在してるんだ。
こんなにも幸せなことはないだろう?
まあ、気持ちはわからなくもないけれど。
いや、違う、わかるんだ。そりゃあわかるさ。だって僕は、瑠佳だけど瑠依だから。
僕は君にはなり得ない。だけど、僕は限りなく瑠依に近くなければならない。誰もが君と僕を間違えるくらいに。
そう、だから───…
『お前が瑠依で、お前が瑠佳だろ?間違えるわけねぇじゃん、2人は違う人間なんだから』
うるさい、うるさいんだよ。
違う人間なんかじゃない、僕は瑠依でなければならないんだ。頼むから、頼むから僕を瑠佳と呼ぶのはやめてくれ。お前なんかに名前を呼ばれたくなんかない。この世で僕を、瑠佳を認知していいのは、瑠佳の名を呼んでいいのは、瑠依だけなんだから。
ああ、それなのに───瑠依は、お前のことを気に入ってしまった。好きになってしまった。
僕は瑠依でなければならないのに。瑠依と同じでなきゃならないのに。それなのに、瑠依の想いと自分の想いが離れていく。自分なんていらないのに、瑠佳がでてきて僕の存在意義の邪魔をする。
『瀬奈』
『君ってば』
『『本当にかわいいんだから!』』
篠崎のことが好き?あはは、勘弁して。冗談でしょ。
僕はあんなやつ大嫌い。だけど瑠依は好き。なんで?僕に瑠佳の意志なんていらないのに。僕は瑠依でなければならないのに。
わかっているのに僕の意志が邪魔をする。なんで、ねえ、なんでなの。
瑠依がどう考えるかなんて、なんて言いたいかなんて、そんなの僕にわからないわけがない。
だけど、それを口にする度に僕は少しずつ壊れていくんだ。瑠依のための僕が、瑠依から離れていく。
瑠依に近づけさえしないなんて、瑠依と全然違うなんて。
(───ナンデ僕ハ存在シテイルノ?)
こうなったのも、全部全部、篠崎瀬奈、お前のせいだよ。
瑠依に限りなく近くなければ、僕は瑠依を守れない。僕の存在意義のために、瑠依を守るために、君には消えてもらわなきゃ。
きっと僕がおかしくなってきたことに、瑠依なら気づいてる。だから、瑠依はイレギュラーな動きをしているけれど。
大丈夫、もうすぐその原因は消えるから。
ねえ、だから、元の僕らに戻ろうよ。
僕の世界には───兄さん、貴方しかいらないんだ。
〈SIDE END〉
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