Arcadia | ナノ
菱川兄が、菱川弟が、篠崎が───…この間お前の様子がおかしかったのと今篠崎が行方不明なのは、ここで繋がってくるのか。
必死に訴えてくる菱川兄の方へと引き返すために足が動く。しかし方向を変えた体は、後ろから手首を掴まれることによって静止をかけられた。
「ダメだ拓ちゃん、菱川が関わってるんならお前を行かせるわけにはいかない」
「は?なんで、」
「頼むから!俺たちがなんとかするから拓ちゃんは待っててくれ!」
俺を不安にさせないためにいつもどんな時だって余裕な隼人が、こんなにもあからさまに焦っている。いつになく真剣な顔に、これは本気の静止なのだと理解する。隼人がこんなにも焦るなんて、菱川は、いったい何だってんだ。
なにもわからない状況に眉根を寄せて、菱川兄の方を振り返った。しかし菱川兄はなにか心当たりがあるのか、ぐっと悔しそうに唇を噛んで一歩後退する。感じる既視感。
(───あ、ダメだ)
ダメだ、これじゃまた、この間と一緒じゃねぇか。俺はまた菱川兄のSOSを無視するのか。見て見ぬフリをするっていうのか。
そう思った瞬間、掴まれていた手首を振り払っていた。隼人の静止を無視して菱川兄の元へと駆け出す。
「おい、早く案内してくれ!」
「えっ?でも会長先輩、」
「いいから早く!時間がもったいねぇ!」
どうして、とでもいう風に見開かれる薄茶の瞳。どうしたもこうしたもねぇんだよ。俺の一方通行かもしれないが、お前はまだ俺の大切な仲間で。後輩に、仲間に助けを求められて、俺が助けられなくってどうするんだ。なんのための仲間なんだよ。
茫然としながらそれでも弟と篠崎を助けたい一心か、ふらっと覚束ない足取りで歩き出した菱川兄。着いていこうとした俺は、しかし再びパシッと手首を掴まれた。
「菱川は表向きは貿易会社だが───母方は、イタリアマフィアだ」
「………」
「……それでも、それでもお前は行くのか、拓巳」
真剣な眼差し。緊張した面持ち。
そうか、きっと隼人はこの事を伝えにきたのだ。菱川を調べ始めたはいいが、どうもおかしい。おかしいとなれば、どこまでも追えてしまうのが楢原の力。そして辿り着いてしまった機密情報を一刻も早く俺に伝えようとして、一日も待つわけにはいかなくて、今日、体育祭真っ最中のこの場だったんだ。
菱川兄からはただ唇を噛むだけで、隼人の言葉を否定しようとはしない。それがなによりの裏付けで。そして最初の一言以降、俺に助けを求めるのをやめたのも、きっと自分が、これから俺をなにに巻き込むのか理解しているから。
今までのようにガキ同士の喧嘩が通用する相手じゃない。そのことを、隼人も菱川兄も、はっきりと理解している。
俺も、わかっている。わかっているんだ、けれど───…
「…ああ、俺は行く」
「拓ちゃんっ」
「悪い、隼人───でも俺は、瀬戸拓巳、だから」
俺は、北上学園生徒会会長、瀬戸拓巳だから。
俺を頼って、信じて、助けを求めてきた仲間を無碍になんかできない。まだ楢原の名を冠していない俺にとって、最優先事項は瀬戸拓巳を構成する人々を守ることだから。
「ほら、だから惚けてねぇでしっかりしろ。助けにいくんだろ?」
「か、会長先輩ぃ…」
「なーにを泣いてんだお前は!そういうのは後にしろ!早く助けにいくぞ!」
「う、うん…っ!」
ボロボロと涙を流して崩れそうになるその華奢な体を咄嗟に支えた。ついでに渇を入れれば、ぐっと膝に力を込めてしっかりと立ち上がる菱川。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっても尚綺麗な顔は、しかしやっと前を向く。
ああ、だけどなるほど、こいつらの日本人離れした顔の整い方はハーフだったからか。ということはこの綺麗な金髪も、稲嶺と違って自前かもしれないのか。なんて、こんな切迫したときにそぐわぬ考えが頭を過ぎった。
「…頼むから、無茶だけはすんなよ」
「隼人、お前は別に」
「なんだよ?俺は元々行くつもりだったし。それに拓ちゃんだけ行かせて俺行かないとか、カッコ悪すぎでしょ」
菱川兄に着いて走り出した俺に追いつき、隼人は綺麗にウインクしてみせる。そうして追い越していった背中を前に、俺は思わず目を細めた。
隼人の思考はいつだって俺が中心で。
元々行くつもりだったのも本当だろう。だけどそもそもの行く理由だって、俺の代わりに篠崎を助けにいくためで。菱川が俺の邪魔にならないか確かめるためで。
きっとこの後、相手が誰であろうと小競り合いは避けられないだろう。今までだって隼人と祐と喧嘩することは何度かあった。だけどそれは同等か、もしくはレベルの低い相手との話で。
しかし今回は話が違う。最悪本物のマフィア相手だって可能性もあるのだ。ガキの喧嘩なんかじゃない、人を沈めることが専門職の相手とのやり合い。だからもしもその時、俺を最優先で考える隼人が俺のせいでなにかあったら───…浮かんでしまった最悪の想定を振り払うように、俺は微かに頭を振った。
prev
|
back
|
next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -