Arcadia | ナノ
「あー…情けねー…」
「んー?どしたの?」
「や…なんでもねぇよ」
「そう?あ、ほら会長、噂をすればなんとやらーだよ」
「あ?」
本当のことが知りたくなくて真剣に聞けてないなんて、情けないにもほどがある。だけどもうDを抑えてもらってる時点で一緒か、なんて思いつつ稲嶺の視線の方へと顔を向ける…と、一瞬だけ視界に入ったピンクの大将の姿に苦笑を漏らした。すぐに消えたその姿。
よりによって今か。つい今考えていた内容のせいで、一方的に気まずいんだが。
「ちょっと席外すわ。運営頼めるか」
「はいはいーいってらっしゃーい」
「……おう」
にこにこと快く送り出そうとする稲嶺をじと目で見詰める。俺より先に隼人に気づくわ、堂々と会わないのを不思議に思わないわ、こいつ、どこまで知ってやがる。探るように見詰めるも、しかし変わらぬ笑顔で返されて渋々向きを返る。くそ、体育祭が終わったら吐かせてやる。
「帰ったら覚えとけよ…いってくる」
「はいはいごゆっくりー」
呑気な声に見送られ、テントから出た俺は直射日光に目を細めた。こりゃ暑いわけだと思いながら隼人の消えた方へと向かえば、少し先に見慣れた背中。怪しまれない程度の距離で前を歩きだした隼人の後ろを、付かず離れず、見回りをしながら着いていく。こんな人の多い行事中に会おうなんて、よほど火急の用なのか。頼んでいた菱川兄弟の件か、はたまた違うことか。わざわざ今ということは、つまりたった今わかったことってわけだよな。
そんなことを考えながら角を曲がって見えなくなった隼人に気をとられていた俺は―――不意に乱暴に腕をとられ、バッと振り向いた。
「なに…っ」
「なあっ、あんた瀬奈のこと見てねぇか!?」
「―――高、科」
突然視界に現れた銀髪に、俺は驚いてぱちぱちと瞬いた。必死なその様子と、痛いくらいに握り締められる腕。上から睨むようでいて、どこか懇願しているかのように見詰めてくる三白眼に首を僅かに横に振ると、その瞳に失望の色が浮かんだ。
「くそっ…」
「ちょ、おい待て!なにがあった!」
「っ、邪魔すんな!」
すぐに踵を返そうとする高科の腕を、今度は俺から捕まえる。足留めを食らって苛立ったように振り返る高科に、インカムを指してみせた。
「俺なら警備全員と連絡がとれる。なにがあったか話してくれ」
「はっ、瀬奈に狂った生徒会を信用なんざ、」
「俺は篠崎を拐ったりなんかしねぇよ!俺を信じろ!」
「…っ」
わけのわからない対立に、生徒会としての信頼はがた落ちなのはわかってる。でも内輪揉めと言ってみたり、生徒会と一括りにしてみたり、普段はなんだって好きに思ってネタにしてくれて構わないが、こんなときは好き勝手に解釈されちゃあ困るんだよ。そんなことしてる暇があるんなら、生徒会でも風紀でも、なんでも利用しやがれってんだ。
睨みあっていた瞳が迷うように揺れた瞬間―――そこに、思わぬ声が介入した。
「俺は…会長のこと信じて、いいと思う」
「あ?てめぇ…」
「高瀬?」
まさかの俺に味方する発言に、思わず二人して声の主である高瀬を見詰める。いつだったか、少し前にこいつの部屋で偉そうに説教して以来の邂逅。それをまだ引き摺っているのか俺の方を見ようとはせずに高科に向けて高瀬の口から出る言葉は、しかしこちらを見ないくせに、俺に味方するもので。
「この人は多分、瀬奈に危害を加えたりしないよ、高科」
「…チッ、じゃあてめぇが言やあいいだろうが!俺は探す!」
「え…や、俺はちょっと…」
忌々しげに舌打ちをした高科は、歯切れの悪い高瀬にますます眉を寄せる。おずおずと一歩後ろに下がった高瀬を一睨みしてから、その険しい顔が俺へと向かった。向き直して去る様子が消えた高科の腕を掴んでいた手を離す。
「…瀬奈が、消えた。応援が終わった直後に」
「それは、」
「人混みで見失ったとかじゃねぇ。更衣室から出てこなかったんだ、ドアは一つしかなかったのに中にもいなかった…窓からいなくなったのか―――拐われたのか」
言いながら、ぐっと鋭い瞳を苦しげに歪める高科。ざわりと冷える心臓。光を反射してキラキラと光る銀髪を、不安を払うようにくしゃりと混ぜた。
「よく話してくれた」
「…ってめ、」
「ちょっと待ってろ」
高瀬は信じてくれた。高科は話してくれた。今度は、俺が動く番だ。
インカムのチャンネルを切り替え、警備へと繋ぐ。定時報告は30分弱前。その時はまだ篠崎は応援をしていたはずだ。篠崎付きの警備からも問題ないと報告を受けたのを覚えている。
きっと、大丈夫だ。きっと、あいつは、大丈夫。
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