Arcadia | ナノ
このまま何事もなく過ぎるかと思っていた体育祭。
しかし、事は午後になってから急転する。
「ふあー!あーもう瀬奈めーっちゃかっこよかったねぇ!」
「ありゃ反則だろ、あの顔であんなびしっと応援団長やられちゃな」
「ふふーさっすが、緑ったらいい仕事するねー」
いつも眠そうな垂れ目を今ばかりはきらきらと輝かせて興奮している稲嶺に、苦笑しつつ同意する。俺から見たってすごかったんだ。あいつのあんな姿、ファンクラブの奴らには堪らないんだろう。
あれから、何事も起こらずに体育祭は進行していった。運営にも警備にも問題なく、順調に午前中の行程は終了。予想以上の盛り上がりをみせたグラウンドは興奮冷めやらぬまま昼食となり、程好くクールダウンしたところで、午後の競技へと突入。
そしてちょうど今―――午後一の競技、応援合戦が終わったところだった。
「しっかしうちのあれはなんだったんだ…」
「あはは、チアリーダーだったね!みーんな真っ赤なミニスカでかわいかったー」
「…あれも許容範囲なのか?お前ほんと、博愛主義っつーか…」
「だってみんな、かわいくなろうと努力してるのがかわいいじゃない?あ、でも大丈夫だよーたっくんと瀬奈は特別だからさ!」
「あーはいはい」
しかしやはり、緑のパフォーマンスのインパクトには勝てないだろう。黒の長ランを着て長い緑のはちまきをした篠崎が、全学年のC組の親衛隊持ちを引き連れて声を張り上げたのだから。あそこまで整った顔が真剣な表情をするとあんなにも迫力があるのかと。それにやはり男子高校生としては、あの正統派な応援の仕方には憧れるものがある。
しかし、篠崎の素顔が判明したのはついこの間だというのに、仕事の早いことで。というよりも、使えるものはなんでも使う精神か。
「あ、でも楢原も一人ですごかったよねぇ…あれは…応援、なのかなー」
「あー…まあ、鼓舞してたんだろ…」
「すごい効果あったしねぇ…」
少し呆れたように笑う稲嶺に肩を竦める。確かにインパクト勝負という点では、ピンクもある意味インパクトはあったな。
ピンクの応援団なるものは―――隼人、ひとりで。
緑の直後、篠崎の活躍にまだ沸いている外野を無視で一人で出てきた隼人は、仲間に向かってたった一言、言い放ったのだ。
『―――勝て』
隼人が見据えた先、爆発したかのように上がった雄叫び。ビリビリと空気が震えるほどの歓声に、沸いていた観衆も一気に呑まれた。
さすがというか、なんというか。久々に表舞台に出てきたと思ったら、あまりにも見せつけてくれる。
「なんていうか、やっぱり楢原はすごいねぇ」
「やっぱり?」
「んー、ほら、中学までは同じクラスだったからさー」
「ああ…」
「なーんで生徒会長やんの断ってたのかなー…」
午後の二つ目の競技である玉入れをする生徒たちをぼんやりと見ながら、稲嶺が呟いた。
午後に入って、運営の仕事も大分落ち着いてきていた。指示を出した先で動く体育委員たちが慣れてきたのも手伝って、最初は逐一出していたものが今は必要最低限で済んでいる。だからもう、これからの俺たちのやるべきことは、観戦しながら各部門の報告を聞きつつ適宜指示を出すだけでいい。
別に答えを求めているわけでもなさそうな独り言。俺も特には答えようとはせずに、綺麗に放物線を描いて網へと吸い込まれていく玉を眺めていた。
隼人が中学の時に会長職を断っていた理由を、俺は正確には知らない。ただ、前に聞いたときに面倒くさいから、と言われたことはあって。あれが本心だったのかどうかは不明だが、あいつは祐と俺がいればいいみたいなところがあるからあながち嘘でもないのかもしれないけれど。
「まあ、ある意味双子ちゃんみたいなとこあったからなあ」
「…菱川兄弟?」
「滝川とずーっと一緒にいたしねー」
結局はそこなのか?
確かに俺がここに来ることは転入するギリギリに決まったことだったから、隼人は知らなかったはずなんだ。だから、隼人本人の言う面倒くさい、興味がないという理由が普通に考えれば妥当で。
だけど、だけどもし。
もしも俺が来る予定だったと知っていたとしたら。そして楢原というネームバリューに一般人は勝てないと判断した上での辞退だったとしたら。指示されたことだったとしたら。
これがお膳立てされた舞台だったとしたら、正直俺は、どうしていいかわからない。
憤慨すればいいのか、悲しめばいいのか、悔しがればいいのか。ただ、自分が努力を積み重ねて掴み取ったと思っていたものが他人から与えられたものだと知ったときの衝撃は―――きっと、計り知れない。
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