Arcadia | ナノ
『なんという速さだあああああ!まさかの番狂わせ!最早出場していることが番狂わせ!!本当に本人が走っているのか私はこの目が信じられません!』
「は?あれって…」
グラウンド内の目という目、すべてがそちらに注目していた。
たった200mという距離を、頭ひとつ抜けて颯爽と駆け抜けるピンクの鉢巻きをした男。軽やかにしなやかに、全注目を集めながらそのまま独走し―――テープを切ると同時に、その拳がガッと上がった。
『そして!そして今!!ぶっちぎりトップでピンクの楢原がゴォーーーーーール!!!』
沸き上がる男共の吠え声。そこに久々に姿を表した男に対する歓声が重なる。そして確かに、隼人はこちらに、運営のテントに向かって口角を上げてみせた。
「…まじかよ」
久々に見たイトコの姿。生きていたのかと安堵すると共に、まさかの登場に俺の口はぽかんと開いた。
開会式にいなかったから、てっきり出場しないもんだと思ってたのだ。正直その事に対して残念だと思っていたのに。それなのに、さっきまで空だったはずのD組の応援席は、いつの間にかやって来ていたピンクの装飾で身を固めた野郎共で埋め尽くされていて。
「うっわーすごいねー!」
「まじかよ…楢原の野郎、全員引き連れてきやがったぜ」
「これはピンクの一人勝ちかなあ」
「いや―――…」
的を射ていると思われるであろう稲嶺の言葉。
さすが頭よりも体を動かしている不良たちというべきか、圧倒的に強いのは目に見えている。今までは参加人数が少なかったからこそ成り立っていた勝負だったが…と思うのが、確かに自然なのだけれど。
「そうでも、ないだろ」
一面ピンクかと思われた一位の旗の下は―――しかし、見事に色とりどりで。
それを眺めながら、俺は口角を上げた。
そう、ここで負けてられないのはスポーツ推薦組に専門職のやつらだ。毎日真面目にトレーニングして部活している体育会系のやつらが、スポーツなら負けないと、ここぞとばかりに張り合っている。
確かに今までのDの出席率は限りなく0に近かった。しかし今年は、俺が会長で、隼人と祐があいつらのツートップという組合わせ。来る可能性は、去年までと比べ物にならないくらい高いのはわかってた。
それでも俺は、敢えてクラス対向の形にしたのだ。
なぜか?例年出ていないDの奴らは、クラスをごちゃまぜにされちゃ絶対に出ない方へのベクトルが強くなると思ったし―――それに、言い方は悪いが、普段から相容れない相手が勝負相手となれば、双方がより一層燃えるだろうと思ったから。
(ま、クラス制度を変えられればこんな杞憂もなくなるんだが)
とりあえずは俺の目論み通りに作用しているのに安堵する。
思っていた通り、盛り上がり方が、気合いの入り方が、応援の熱の入り方が、さっきとは比べ物にならない。
「へェ…いいじゃねぇの、双璧のどちらかと当たったらぶっ倒してやるぜ」
そしてここにも、思った通り意気込む男が一人。
血気盛んに口角を上げる峰岸に、俺がけしかけてるようなもんにも関わらず、しかし俺は鼻で笑って肩を竦めた。お前には悪いが、残念ながらあいつらにお前が勝てるとは思えねぇよ。身内贔屓でなにが悪い。
「やめとけやめとけ、返り討ちにされるぞ」
「ハッ、肉体派の風紀を舐めじゃねェよ」
「こんのっ…生徒会バカにしやがって…!絶対赤なんざ応援しねぇ!」
「あはは…でもいいなぁ、みんな楽しそー」
ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた俺たちの横で稲嶺がぽつりと呟く。まだなにか言っている峰岸を放って、俺も稲嶺が目尻を緩めて見つめる方へと視線を向けた。
喚き、騒ぎ、全力で自分の組を応援する。いつもだったら誉め称えている相手にも、今日ばかりは敵対する。いつもは避ける相手にも、今日ばかりは全力で挑んでいく。そうしてみんな、馬鹿みたいに笑いあってる。
これで、いいんだ。
みんな対等で、そこに勝ち負けはあれど優劣はない。Sを神格化することも、Dを蔑視することもない。きっとこれがあるべき姿。だってみんな、同じ高校生なんだから。
「やっぱ俺たち頑張らなきゃだねぇ、かいちょー」
俺の心を読んだかのような稲嶺の言葉。
しかし決意を音にはせずに、俺は一つ、頷いた。
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