Arcadia | ナノ
マグカップをコトリと机に戻す。これが宏紀だったら、客に出す場合はカップとソーサーだとうるさいだろうな。そんなことを思いつつ向き直ると、沈んでんのかなんなのか難しい顔して紅茶を啜っていた長谷がすっと顔を引き締めた。真面目な顔、ほんと似合うな。男前だ。
「それで、あいつらの話だが」
「はい。先程話した通り、あまり具体的な報告はなにもないんですが」
「いや、明日に備えてできるだけ現状の把握をしときたい」
ちらりとスマホを見るも、あいつらからの連絡はまだない。そういえばあいつらは明日出る気あんのか。一応SからDまで全員参加な行事だが、Dは本当に出席率低いからな。だが普段からすでに出席なんざとってない無法地帯に行事のときだけ出席とったところで意味はない。
だからそもそも隔離すんのが悪いんだ、全部。そんなんエスカレートしてって無法地帯になるって決まってんじゃねぇか。クラス分けの問題もどうにかしなきゃならないってのに、身内の敵に翻弄されてまだなにも手をつけられちゃいない。目の前のものこなすのに必死んなってこの様だ。
だがまあとりあえず、それは今は置いておいて目の前のことに集中だな。
「篠崎に関してですが、彼はこれといった変化はありません。カツラをとったことで制裁も減って自分が出る幕も今はほとんどないです」
「中谷は?」
「そうですね…篠崎が制裁されなくなった分、今の制裁対象は完全に中谷亮に移っています。ですが、自分と篠崎で防げているので今のところは大丈夫かと。明日も彼らには風紀が交代でつきます」
「そうか、頼む」
やはり中谷に護衛をつけておいて正解だったな。そうほっとしていると、大人しく聞く体勢に入っていた稲嶺が、あーあの平凡くんかーよかったーと頷いた。てっきり篠崎ファンクラブにとって同室者で親友な中谷は邪魔な存在なのかと思っていたから驚いて瞬くと、稲嶺は罰が悪そうに笑った。
「言ったでしょかいちょー?俺は楽しいのがいいんだよねぇ」
「あー…」
「面白いから瀬奈を独り占めしたいーって気持ち優先しちゃってたけど、普通に考えて、人がイジメられてんのとか見たくないしね?だからその…」
反省してます、としゅんとする稲嶺。お前、ほんと最近犬みたいだな。犬だと思うと急に撫でたくなって、思わず手が伸びそうになるのをぐっと堪える。なんだこれ、長谷といい稲嶺といい俺はいつからこんな男を撫でたくなるようになってしまったんだ。
「それでですね、自分がお伝えしときたかったのはここからで…」
「あ、ああ…なんだ?」
許しを請うように色素の薄い瞳がこちらを見つめてくるもんだから、その明るい髪を撫でたい衝動と闘っているところに掛けられた声。はっと意識を戻して長谷の方を見た。
ヤバイな、長谷はまだしも稲嶺まで撫でてしまったら終わりな気がする。気をつけよう。
「なぜかはまだわからないんですが…最近双子の様子が、少し変なんです」
「菱川兄弟か…」
稲嶺がちらりと俺を見たのが目の端に写る。
やはりおかしいのはそこか。監視役とはいえ外野の長谷が気づくなんて、余程じゃないのか。
「おかしいのは兄の方か?」
「あー、自分はあの二人の見分けがつかないので…すみません」
「ああ、いや、それは仕方ない。じゃあなんでおかしいと思った?」
「どちらかが…もしかしたら交代で二人ともなのかもしれないんですけど、最近休み時間に来ても途中でふらっとどこかに消えるんです。二、三分どこかに行って、帰ってくる。ごく普通の行動なんですけど、監視してた身としては逆におかしいというか」
「あー確かに休み時間は貴重な接触時間だったし、みんなずっと瀬奈にくっついてたからそれは変だねぇ」
授業聞いててもみんな知っててつまんなかったから、授業中にトイレとか行ってたなーとおかしそうに言う稲嶺。ついイラッとして睨めば、ぱたっと口をつぐんだ。んなこと自慢気に話してんじゃねぇぞ、このお調子者が。
「あー、それで?」
「何度か後をつけたんですが、電話していて…さすがに誰かはわかりませんでしたが」
「そうか…」
誰かと電話、か。内部か、はたまた外部か。内部だとしたら十中八九親衛隊だろうが、こればっかりはよくわからねぇな。
「あとの面子は変わりありません。すみません、自分が今できる報告はこれだけです」
「いや、助かった。ありがとな」
やはり、菱川兄弟になにかある。だけどこれ以上の情報は結局あいつら頼みになっちまうか。
とりあえずは、明日だ。明日はとにかく、なにも起こらずに無事済んでほしい。
そう願いつつ、まだなんの知らせもないスマホを握り締めた。
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