Arcadia | ナノ
「まーとりあえず、あいつと同じ意見な上に、しかも先越されてるとか非常に不本意で悔しいんだけどー」
「あ?」
「ねぇ会長、変な男についてっちゃダメだからね?あんたになにかあったら俺、なにするかわからないよ?」
ふっと顔を上げた稲嶺の手が俺の顎を捕らえる。書類から無理矢理上げさせられた顔。口元が弧を描きながらも真剣な瞳とかち合った。
「は?おま、なに言って」
「会長のことを心配してるのはあいつだけじゃないよってこと。…わかってくれるよね?」
「…ああ、悪かったよ。わかってるって…ッ!」
顎を捕らえる長い指先が、動く喉仏を悪戯にくすぐる。驚いた体が反射的に反応すると、急に目尻を下げて困ったように笑うから、居たたまれなくてぱっとその手を払った。ついにくすくすと声を出して笑いはじめた稲嶺に腹が立って、席に戻れと手でしっしと追い払う。
「俺だって真剣に心配してるんだよ?この前みたいに心配かけないためにも無茶しないでねー」
「だっ、あの時は不可抗力だろうが!俺はなんもしてねぇし!」
「かーいちょ?」
「チッ…てめぇの真剣はあてになんねぇ」
「あはは、ごめんねぇ」
にこにこと笑いながら、欠片も悪いだなんて思っていない顔。これだからこいつの言うことは本気なんだかどうだかわからねぇんだ。
なんだか書類を読むのも面倒になって背凭れに体重を預ける。席には戻らずまだ目の前に立っている稲嶺が、それでさあ、と口を開いた。
「こっからが本題だよねぇ。双子ちゃんはどうしたの?」
「あー、双子というか、菱川兄の方なんだが」
「えっ瑠依ちゃんだけ?瑠佳ちゃんいなかったの?」
驚く稲嶺に、だよなあと頷く。俺は最近しばらくあいつらと一緒にいなかったが、一緒にいたこいつが驚いているということは、やはりまだ二人セットなのは変わってないらしい。
続きを求める稲嶺の期待に答えようとも、菱川兄と話したことに内容という内容がない。どう説明すべきかわからず、うーんと唸ってがしがしと頭をかいた。
「あいつと話した内容だが、あー、なんていうか、内容はない」
「へっ?」
「内容はない」
そう、確かに内容などなかった。寧ろまともな会話さえ成り立たなかった。ただ、あいつの行動だとか、言葉だとかが異変は伝えてくれたけれど。
「俺が会議室を出た隅で峰岸と話してたら、ふらふらっと現れたんだよ。あいつらからの久々の接触な上、しかも兄だけで」
「あー…」
「相当メンタルにキてる感じだったな。話しかけたらすぐにいつも通りに戻っちまってなんも聞けなかったけど。でも多分、弟に関することに助けを求めに来てたんだと思う」
「うーん、瑠依ちゃん…」
僅かに眉根を寄せて顔をしかめる稲嶺。こいつは、最近のあの兄弟とは俺よりもまだ関わりがある。なにか知ってるだろうか。
「…俺は、最近のあいつらのことをよく知らない。だからよくわからないんだ。お前はどう思う?」
「うーん…うん、瑠依ちゃんと瑠佳ちゃんね…」
考えながらうろうろとしていた稲嶺が、俺の側を離れてぼすんとソファへと沈みこむ。少し考えるようにしながら、やつにしては珍しく慎重そうに口を開いた。
「…あんまり、前と変化はなかったように思うよ。いつも通り彼らの世界の中で、彼らのルールだけに従って生きてる感じ。もちろん瀬奈には執着してたけど、それ以外はなんも変わってなかったよ。なんて言っても、彼らは自分たちの内側を見せてくれる子たちじゃないし、助けを求めてくるくらい俺は信用されてるわけじゃないけどね」
テーブルに置いてあるティーシュガーをいじいじと弄りながら話す。最後に自嘲とはいかないまでも、少し悔しそうに苦笑した稲嶺は、ただ…と言葉を続けた。
「ただ、あの子たちは瀬奈のことが好きってわけじゃなさそうだったなー」
「え?それって、」
「や、うーん、ただの俺の勘なんだけどね。ただちょっと、あの子たちを見てても瀬奈のことが好きだから一緒にいたいってわけじゃなさそうだなーって思っただけだよ」
あんまり気にしなくていいから、と肩を竦める稲嶺。確かにただの勘なのかもしれないが、それでもなんとなく、なんとなくだがこいつの言っていることは間違っていないような気がする。みんなが好きな博愛主義だと主張するだけあって、なんだかんだ人のことをよく見ていると思うから。
ただやはり、今はまだまだ情報不足だな。そんなことを思いながら、俺はまだ誰からも連絡のきていないスマホを見つめた。
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