Arcadia | ナノ
(あー…野暮なこと、したか?)
送ったメールには、すぐに返信はこなかった。
返信が遅いなんて珍しいと思っていたのだが、時間を空けて帰ってきたそれは、普段なら鬱陶しいくらいに絡んでくるのにやはり珍しく了解の一言だけで。なにかあったのだろうか。とりあえず急いで、忙しいなら自分でやるからいいと送るもすぐに、寝てるだけで大丈夫だから気にするなという返信。最初は意味がよくわからなかったが、この返信がスマホの持ち主ではなくその恋人によって送られてきたのだと気づいた。
普段は夜行性なのにこんな微妙な時間にもう寝ている隼人、その代わりに返信をしてしまう祐、そして返信が返ってこなかったあの時間。なんだか下世話なことを考えてしまいそうで、慌てて思考をストップさせた。親い人間のそういうことなんて、考えるだけで体に悪そうだ。
よし気にしないことにしよう。なんかたまたま寝てただけだったのかもしれないし。もしくは風邪とか、なんかしらあったんだきっと。仕方ないからあとで見舞いにいってやるか。
なんて誤魔化しながら、がちゃりと華美な扉を開けた。
「あっ会長おかえり〜」
「おうただいま」
「遅かったねぇ、なにかあった?」
パソコンに向かって猛烈な早さでなにかを入力していた顔がふっと上がる。にこりと笑いながらも手の動きは止まらない。戻ってきてからというもの、本当に稲嶺の処理スピードは目を見張るものがある。
「んーああ、ちょっと峰岸と」
「委員長!?委員長と!?えええ会長もしかして委員長とずっぽししてきちゃったの!?」
「はあ!?」
峰岸と、ついでに菱川に捕まって、と言おうとしたところに突拍子のないことを挟まれて思わずでかい声が出る。ちょっと待てなに言ってんだこいつ…!
「だって、だって会長いつも帰ってくるの早いじゃんーっ!俺に隠れて委員長とギシギシあんあんしてきたんでしょ!たっくんの尻軽!淫乱!浮気者ぉっ!」
「んなわけねぇだろ!なっんで俺があいつとそんなことしなきゃなんねぇんだよ!」
「だってぇ…!」
涙ながらに訴えてくる稲嶺に怒鳴り返す。なんだこいつ脳みそ腐ってんのかと思ったところで、はっと気づいてがっくり項垂れる。
俺もついさっき、こいつと同じようなこと考えてなかったか?おいおいまじかよ、俺こそ脳みそ腐ってんじゃねぇの。
「あ"ーもう、だってじゃねぇ!ただ峰岸と菱川と話してただけだ」
「えっなんだぁよかったー早く言ってよもう、心配しちゃうじゃーん!いやでもそう簡単に信用できないかもなーって、えええ!?双子ちゃん!?なんで!!」
「遅ぇしうるせぇし座れ」
無駄にぺらぺらと喋ったあとで、大袈裟にガターンと音を立てて椅子から立ち上がる稲嶺。そのわざとらしい仕草とうざいノリツッコミはこいつのキャラだとはわかっていてもウザい。だからと言ってこの間みたいに急に真面目になられても調子が狂うんだよな。勝手な話だが。
「とりあえず、会議での変更点にお前も関わってるから伝えとく。当日の警備には俺たちは必要なくなったらしい。だから進行だけ気にしてればいいんだと」
「ふーん…ていうか委員長より双子ちゃんのが気になるんだけど!」
「え、驚かねぇのか?警備はずされたのに」
すんなり受け入れる稲嶺に驚くと、焦らされて不満そうにしていた顔がはたと俺を見つめる。ぱちぱちと数回瞬いてから、稲嶺ははーっと呆れたように息を吐いて椅子へと沈み込んだ。なんだその反応、俺が悪いみたいじゃねぇかムカつくな。
「まあねー会長は驚いたかもだけど、俺はどうせこうなるんじゃないかなぁとは思ってたしー」
「は?なんでだよ」
「なんでって、そもそもさぁ、こんな荒れてる今、その渦中の人間を警備になんて使うわけないじゃん?逆に俺は警備に生徒会も参加することになってるって聞いて驚いたし」
「………」
まあ、確かにそれはもっともなのだが。
それでもなんだかムッとした雰囲気が出てしまっていたのだろう。肩肘をついて行儀悪くこちらを見ていた稲嶺が、困ったように笑った。
「ま、あの委員長は会長だからこそ余計に気にしてるんだろうけど」
「は…?」
「ふふ、大丈夫?お前のことが心配なんだ、守らせろよとか言われなかった?」
くすくすと笑う稲嶺の言葉に、さっきの言いにくそうな峰岸の、珍しく戸惑った顔が浮かんでくる。いやでも確かに心配だとは言われたが、守らせろとは言われてない。
あの少し照れたような顔はレアだったなと思い出して返答に一瞬の間が空く。するとなにを思ったのか稲嶺が勢いよく立ち上がってずかずかとこちらへやって来た。
「なにその間!やっぱり言ったんだ!?委員長言ったんだ!!?」
「は?いや、心配とは言われたが」
「うっわあの野郎、硬派なふりしてちゃっかりさらっとアピールしやがって!!ダメだよ会長ときめいたりなんかしてないよね!?あいつは野獣なんだから!ね!!」
「なんだお前ちょっと落ち着け!」
ダンッと俺の机に手をついて、なぜか怒濤のように畳み掛ける稲嶺にストップをかける。なんだって?俺があいつになんだって?
「なんで俺があいつにときめかなきゃなんねぇんだよ!」
「えっじゃあ平気だった?ときめいてない?」
「だからときめく必要性がわからねぇし。素直すぎて気持ち悪ぃとは思ったがな」
「そっかぁ、あっははーだよねぇ、よかったぁ…」
机から身を乗り出すように捲し立てていた稲嶺が、心底ほっとしたように息を吐く。あっぶなーと呟きながらがくっと頭を垂れるのを目の前に放置して、書類に目を通すことにした。さっきから大袈裟に一喜一憂してる意味がわからねぇし、それに付き合うつもりもないからな。
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