Arcadia | ナノ
食って掛かる俺に、峰岸は小さく息を吐く。ついでぐっと掴まれた手首に眉を寄せて峰岸を見た。碧眼と絡む視線。逸らされることのないそれは、珍しく少し躊躇しているようで。なんだよ、なにがしたいんだこいつは。
「…てめぇが、そうやって無防備だから」
「あ?」
「こんな人気のねぇ所にのこのこきやがって…あんなことがあったのに全然変わらないじゃねぇか」
「は?今とあん時とは違うだろうが。なんでお前相手に警戒しなきゃならねぇんだよ」
意味わかんねぇと掴まれた手首を引っ張るも、不機嫌な顔をした峰岸は放してはくれない。寧ろぎりっと握られて痛みに顔をしかめる。そして同時に峰岸のその、なんとも言えない微妙な表情に、なんとなく理由がわかった気がして。その予想の答えが酷く不愉快で、俺は皮肉げに口端をつり上げた。
「…なんだ、俺があれのせいで男恐怖症になるとでも思ったか?そのせいでちゃんと見回りもできないだろうと?」
「はァ?ばっ、違ぇよ!」
「残念ながらそれはねぇよ。手間とらせて迷惑かけたことは謝るが、俺はあれくらいで怯えるようになるほど柔じゃねぇ。気遣っていただかなくて結構だ」
「だから、違ぇって言ってんだろ!」
降参というように両手を上げてひらりと掌を見せ、肩を竦めてみせる。それに苛立ったように舌打ちをした峰岸は、そのままダン、と俺を強く壁に押し付けた。ぎちっと握り締められる手首。至近距離に迫った瞳が、酷く苛立っているのがわかる。
「警戒心てものがまるでねぇじゃねぇか!こんなことされて、それでもお前は抵抗もしねェ!」
「だっからそんなお前相手になんで、」
「っ、そうやって身内に対して弱すぎっから」
「てめぇはさっきからなにを聞いてやがんだよ!てめぇだからだって言ってんだろ峰岸!他のやつだったらとっくに蹴りあげてる!」
「っ」
隼人と祐に鍛えられた俺を舐めんじゃねぇ。そうぎっと睨み付ければ、蒼い瞳が動揺したように揺れる。ほら見ろ、てめぇの目をみりゃ本気かどうかくらいわかるんだよ。お前は瞳だけは正直だからな。
そのまましばらく睨みあっていたが、先に目を逸らしたのは峰岸の方で。ぱっと俺の手首を放し、それまで絡んでいた視線をふっと逸らす。
「…別に、お前を舐めてるわけでもおちょくりたいわけでもねぇ。本当に人手は足りてるんだ、そしたら自然と忙しい人間を外すだろ」
「だったら普通に言っとけばいいだろうが」
「っ、それは…」
「なんだよ?」
腕を組み、ぐっと口籠る峰岸に小さく首を傾けて見据える。そんな俺を鬱陶しそうに碧眼が一瞬だけ見返して、目が合うとまたすぐに視線を逸らされる。がしがしと頭をかく峰岸は、最後にあ"ーもう、と息を吐くと、思いきったようにその真っ青な瞳で真っ正面から俺を見た。
再び絡む視線。その真剣な眼差しに、無意識にすっと伸びる背筋。前から薄々思っていたんだが、正直だとわかっている分、俺はこの綺麗な瞳に弱い、気がする。
「―――心配、なんだよ」
「…は?」
「お前はそもそも狙われやすい上に、あんなことがあったんだ。それなのにお前を警備に回せるわけないだろ…別に、瀬戸が柔じゃねぇことくらい知ってる」
「だっ、ならやっぱり」
「あの場で言えっかよこんなこと…それに、前もって伝えたらお前は反対して意固地になるかと思ったんだ」
「意固地ってな…」
おい待て、俺はそんな短絡的な思考をしてるつもりはないぞ。自分の考えと違っていたとしても、納得させてくれりゃ食い下がらねぇよ。理にかなった提案なら自分本意に却下はしていない、つもりだ。いやでもそう思ってるのは俺だけなのか?周りから見るとそんな風に見えるのか?短気な性格の自覚はあるが、我が儘なつもりはないんだが…そう思いながら、思わず言葉を復唱してしまう。すると、それにがしがしと頭をかきながら、悪いと素直に謝る峰岸。なんだよ、素直すぎるだろ、調子狂うんだが。
「…自分だったら意地になるだろうと思ってよ」
「あー確かにお前は頑なに反対し続けそうだ」
「うっせぇ」
茶化して笑えば、ムッと拗ねたようにそっぽを向いた峰岸が舌打ちをする。なんだこいつ、照れ隠しか?かわいいとこあんじゃねぇか。 なんだか思わず眉を下げてしまう俺に、峰岸は仕切り直しだと咳払いをした。
「あー…とにかく、あの決定で構わないな?」
「あぁ。だが人手が足りなそうだったら絶対言えよ」
「本当に無理そうだったら声を掛けることにするぜ…稲嶺になァ」
「お前なぁ!」
思わず声を上げると、さっきの仕返しとばかりにニヤリと口角をつり上げる峰岸。てめぇは本当に最後の手段だよと言って笑われる。あーくそ、こいつ何があっても絶対俺には言わねぇつもりだ。そりゃ俺という格好の標的がのこのこ出てって迷惑掛けるわけにもいかないが、わかってたってやっぱり悔しいというかなんというか…。今度は俺がチッと舌打ちをすると、ぽん、と頭に手を乗せられた。
「…悪ぃな、心配なんだ、我慢してくれ」
「っおま、」
「それより後ろ、お前にお客さんみたいだぜ?」
「は?お客さん?」
言われ、振り向く。
峰岸の言う通りそこには、綺麗な金の髪をした男が一人。所在なさげに立つそいつの眼差しは、まるでなにか助けを求めるかのように俺だけを見つめていた。
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