Arcadia | ナノ
会計が会長側に寝返ったらしい―――…
その噂は、あっという間に学園中に広まった。篠崎の素顔が美少年である、という噂もくっついて。
結果、教室や廊下で篠崎の鬘と眼鏡を奪い取ろうとする輩が大量発生し、構われることを嫌がり我慢の限界にきた篠崎は自ら変装をやめてしまったらしい。ミーハーな生徒達はそれを見逃すわけもなく、変装をやめたその日のうちに大規模な親衛隊の発足申請がされたという。
「まぁ、その申請は本人が却下してしまいましたけどね」
「あー…」
「親衛隊なんだかセフレなんだかお友達なんだか知らないが、そんな集団、自分には必要ない、と」
「言うだろうな…」
そもそも制裁されて悪い印象しかなかった親衛隊だ。人が違うと言えど、その前日まで「親衛隊」=「敵」という認識しかなかったのだからなおさら。というか、今だって他のところの親衛隊が敵ばかりなのは変わっていないんだし。
そう、そしてそれをまた煽るかのように、篠崎の取り巻き達はより一層くっつくようになってしまった。篠崎の素の姿に惚れられたら困るから、だとか。
(確かに以前とは違った危険が急増したのは確かなんだが)
だからこそ、篠崎には親衛隊を許可してもらいたかった、とも思う。
管理できないなら作られてもかえって迷惑なのは事実。しかしだからといって、親衛隊を断った上で、事実上あいつらに親衛隊紛いのことをさせてしまうのは煽ることにしかなってない。
「んー…」
困った。
がしがしと頭をかく。いくら美少年ったって、自分達が敬愛して崇めたてている存在が入れ込んでいたら面白くないだろう。しかもそれが明らかに一方的で、見ようによっては他の奴らも含めて良いように使われているだけに見える。それに、味方であるはずの篠崎親衛隊予備軍の奴らも、断られ続ければどう転ぶかわからない。まだ完全に味方につける前に、自ら拒否してしまっているから。
マズイ方向に進んでいく想像しかできないのは何故なのか。考え過ぎかとも思いつつ、うーんと頭を悩ませていると、ことりと机に置かれたティーカップ。
顔を上げると綺麗に笑った稲嶺が立っていた。
「はーい、いったん休憩だよー。紅茶淹れてきたからどうぞー」
「あ、おう…さんきゅ」
「いえいえ!たっくんも仙波ちゃんも、そんな難しい顔しちゃってせっかく美人なのに勿体ないよ」
カップを持ち上げて一口含むと、口の中に優しく甘い紅茶の味が広がった。蓮にも渡している稲嶺を見ながらほっと息をつく。
「美味しいな」
「そう?よかった、副かいちょーみたいには上手く淹れられないけどねぇ」
「いや、旨いよ。ありがとう」
素直に礼を述べれば、稲嶺は嬉しそうに肩を竦めた。
確かに宏紀は紅茶を淹れるのが上手かったが、稲嶺も十分だ。というか、なにより今はこのほんのりとした甘さがありがたい。
紅茶に舌鼓を打つ俺達を嬉しそうに見ていた稲嶺だったが、しばらくするとこちらまでやってきて徐に口を開いた。
「ねぇ会長、思ったんだけど、悪いことばっか考えすぎだよ。そんな悲観的にならなくてもいいんじゃない?」
「は?いや俺は、」
「うん、瀬奈が素顔を晒したことで、不埒なことを考える奴らが出てくるのは確かだよ。だけど親衛隊の大半は、あの容姿なら自分の親衛対象に釣り合うって納得してくれるんじゃない?まあ一部の熱狂的な信者は別かもしんないけどー」
そうでしょ?と稲嶺が振り返ると、蓮もえぇ、と頷く。
その答えに満足してにこりと笑った稲嶺は、俺の頭にぽんと手を乗せた。
「俺が言えた義理じゃないのはわかってるけど、会長は優しすぎるんだよ…他人のものまで全部抱え込まないで、ちょっとくらい任せてみたら?副かいちょー達も馬鹿じゃないよ、きっと」
「あ?あー…いやいや、任せた結果が今だろうが」
「あっ、そうでしたー!…その件は本当に申し訳ないです」
一瞬納得しかけて、いやアホかと否定する。えへっとおどけて笑う稲嶺の手を、頭の上から振り払った。
こいつ、真面目に考えてんだか適当なんだか。
「ったく、なんなんだお前は」
ごめんごめんと笑う稲嶺。はぁ、とため息をはいて、気が抜けたので帰りますねといなくなってしまう蓮。
呆れてぶつぶつと文句を言いながら、しかしどこか肩の力が抜けたのも確かだった。
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