Arcadia | ナノ
「えー…やっぱりかいちょーも一緒に寝ない?」
「だから、俺はまだやることがあるから寝れねぇって」
「…だからこそだよ、まだちゃんと寝れてないんじゃない?」
生徒会室に帰ってきてから一緒に寝ようと絡んできていた稲嶺。それを適当にあしらっていたのだが、急に真剣そうな声へと変わって。書類から目を離して顔を上げれば、目に入ったのは眉尻を垂らした情けない顔。
―――あぁ、俺はまた、心配をかけていたのか。
「…んな顔してんな。俺は平気だよ、ちゃんと眠れてる」
「ほんとに…?」
「もちろん。お前が帰ってきてくれたおかげで、今は寝る時間も食事の時間もちゃんととれてるから」
だからお前は気にせず一人で寝てろ。
そう言えば、まだ少し心配そうな、それでいてほっとしてどこか嬉しそうな顔で稲嶺は笑った。納得してくれたのか、立ち上がって仮眠室のドアへと向かう。その姿を目の端に捉えながら、書類へと目を戻した。
まったく、馬鹿だな俺は。
本気で心配してくれてるのを茶化して揶揄して、余計心配かけてなにやってんだよ。
「…ねぇ、会長」
「ん?」
反省しているところにかけられた声。顔を上げ、ドアノブを握りしめて振り返りはしない後ろ姿を見つめる。
「俺ねぇ…すっごい嬉しかったんだよ」
「嬉しかった?」
「そう…帰ってこさせてくれたこととか、帰ろうって言ってくれたこととか…なにより、二度目はないって怒ってくれたことが、すっごく、嬉しかった」
くるりと体の向きをこちらへと向ける稲嶺。一瞬目を瞑ったあと、なにかを決意したように目を開き、にこりと笑った。
「ほら、俺って名前からして次男でしょ?兄貴と弟がいるんだけどね、それがまたできがよくってさー俺とは大違いで」
「………」
「家を継ぐのは兄貴だし、万が一があっても俺じゃなくてできのいい弟が継ぐことになってんの!俺ってほんと要領悪いからさー頑張っても頑張っても兄貴と弟みたいにはなれなくって。親ももう諦めてんだよね、だからやんなっちゃって…そんでこんなちゃらんぽらんしちゃったからさらに見放されちゃったんだよねー。ま、自業自得なんだけどさ。自分で逃げた結果だしー?」
「稲嶺!」
普段の口調とは違って早口でぺらぺらと話す稲嶺が痛々しくて、見ていられなくて咄嗟に名前を呼ぶ。すると、笑顔を貼りつけていた顔が、堪えるようにぱっと俯いた。
しばらくしてゆるりと上がってきたのは―――泣きそうな、眉の下がった情けない顔で。
「だからね、会長が俺を必要として怒ってくれたのが嬉しかったんだ…戻ったことを喜んでくれたのがすごく嬉しくて。期待して、もう一度チャンスをもらえたことが、本当に幸せで堪らない」
「………」
「こんな形で初めて会長を信じられるなんて…ずっと会長は信じてくれてたのにね…。だけどこれからは、今までの分も会長のために、俺頑張るから。会長だけはもう裏切らないって決めたから」
―――だから、よろしくお願いします。
そう言って深く頭を下げた稲嶺。しかし俺がなにかを声をかける前にこちらに背を向け、仮眠室の扉を開ける。
「それと、会長は俺みたいなちゃらんぽらんなんかと違うってちゃんとわかってるから」
「え?」
「だから高科ちゃんが言ってたことなんて、気にしなくていいからね」
「あ、おい…!」
あっという間に閉まってしまったドア。言い逃げした稲嶺の姿はもう見えない。
―――あぁ、だけど。
さっき高科に突っ掛かっていこうとしたのはそういうことだったのか。
『さっさといっちまえ下半身コンビが!』
『あっちょっとそれは聞き捨てならないかな高科ちゃーん』
ことなかれ主義の稲嶺にしては珍しいと思ったが―――俺のため、だなんて。
「…ありがとな」
なんだか酷く、背中がむず痒い。
逃げるように出ていってしまったのは、あいつなりの照れ隠しなのかなんなのか。言い逃げした背中が入っていった扉を見つめつつ、小さくそう呟いた。
*2章END*
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