Arcadia | ナノ
ガヤガヤと騒がしい食堂。集まる視線。一挙一動に反応する外野。
それだけを言うなら、確かにいつも通り。しかし決定的にいつもとはその規模が違った。何倍もの視線が俺達を見つめ、ざわめく。
なぜか?そんなの決まっている。
「ねーかいちょーそれもう食べないの?」
「いやまだ食ってんだろ。おとなしく待っとけ」
「えぇー…かいちょーって食べるの遅いよねぇ」
俺の前に座る、ぶすっと膨れっ面をしている男。
―――こいつが、すべての原因だ。
「てゆーか…うーん、前より遅くなった?」
「あーまぁな、一時期食えない時あったしリハビリ中だ」
「うぁ…その節も、えぇと、ご、ごめんなさい」
ニヤリと笑えば、それまではしゃいでいた稲嶺は途端にくしゃりと情けない顔をする。あまりの変わりように思わずぷっと吹き出すと、稲嶺は顔を赤らめながら、本気で謝ってんのに!と拗ねて視線を反らしてしまった。あぁまったく、めんどくさいやつだな。
そう、食堂の視線を一身に集めてしまってるのは、俺とこいつが二人でいるから。俺達は今、あの日から初めて食堂へと来ていた。大分こいつも仕事の勘を取り戻してきたし、今までの謝罪も込めてなにか奢りたいと言う稲嶺の提案で、ここに昼食をとりにきたわけだが。
(無駄に注目集めちまったなぁ)
そりゃあそうだ。ついこの間派手にここで口論したってのに稲嶺が俺側に回ってるなんて、部外者からしたらわけがわからないだろう。せめて風紀の二人も連れてきた方がよかったか?いや変わらねぇか。
しかしこうも反応されると、騒がしてというか、混乱させて悪いと思う半面、喧嘩ぐらい勝手にさせてくれとも思ってしまう。まぁ、自分の影響力を考えなきゃならない、俺達のような立場の人間が言えた言葉じゃあないが。
「うし食った、ご馳走さま。…おら行くぞ、待たせたな」
「へ?あぁうん、ご馳走さまでした!」
ぱん、と手を合わせてから、まだ拗ねてる稲嶺の頭をこずく。お盆を持って返却口へと向かえば慌てて立ち上がってついてきた。がちゃがちゃとお盆の上で鳴る食器が危なっかしくて見てられない。それでも小走りでぱたぱたと追い付いてきた稲嶺は至極楽しそうな顔をしていて、怒る気も削がれてしまう。あぁもう、と自分と稲嶺に対して呆れたため息をはく。
「あ、ねぇねぇかいちょー、ずっと聞きたかったんだけどあの二人とはただの幼馴染みっていうのは本当だよね?」
「二人って隼人と祐のことか?あぁ、幼馴染みだ」
「ほんとにほんと?どっちかと付き合ってるとかないよね?」
「だっ!!っに言ってんだあり得ねぇよ!」
あの二人はどっちも兄弟みたいなもんだ、付き合うとかあり得ねぇ…!つかそもそもあの二人が付き合ってっし!
全力で否定しようとして思わずお盆を台にガチャンと叩きつけてしまい、派手に鳴った音に自分で一瞬肩をすくめた。その横に稲嶺も食器を返しながら苦笑いをする。
「あはは、そんな否定しなくったっていいのにー」
「いやだからほんとに、」
「わかってるってー。てかあの二人自体が付き合ってるんでしょ?」
「え…あぁ、よくわかったな」
「うーん、あのくらいわかるっていうかー…まあプレイボーイ誠二くんを舐めないでねーって感じかなぁ」
ぱちんとウインクをしてくる稲嶺。なるほど伊達に学園一のプレイボーイと言われているわけじゃないということか。まぁあいつらの場合は隠すつもりないしすぐわかるのかもしれねぇが。
「いやしかし、ふふふ、そっかそっかー」
「ん?どうした」
「んーん、なんでもないよ、こっちの話ー!」
何故か嬉しそうにひょこひょこついてくる稲嶺に片眉を上げるもはぐらかされてしまう。ったく、相変わらずよくわからねぇ奴だな。
食堂を出てからも、上機嫌に鼻唄まで歌っていた。その姿に外野がそわそわしていて、普段からテンションの高いこいつにしても珍しいのだとわかる。
「そうだかいちょー、俺かいちょーのことたっくんて呼んでもいい?」
「はぁ!?ダメに決まってんだろうが!なんだそりゃ!」
「えーなんでー?だって楢原はかいちょーのこと拓ちゃんって呼んでたじゃん!」
「そりゃ隼人からはずっとそう呼ばれてたからな。でも今さらそんな呼び方されんのはさすがに…」
「えー?うーん、しょうがないなぁ…じゃあちょっとずつ馴らしてくので我慢してあげる」
「いやなんで俺が許されてんの意味がわかんねぇ」
「恥ずかしがりやさんだなぁたっくんは!」
そう笑いながら隣を歩く稲嶺にイラッとして肘鉄を食らわせる。上半身を折って声も出せずに悶絶する姿に思わずニヤリと口角を上げると、稲嶺が涙目になりながらこちらを見上げた。途端、黄色い声が廊下に響き渡る。
「うわたっくんその顔悪どすぎ!いじめっ子だよどう考えてもー!」
「だっから!てめぇは懲りねぇな…」
「ちょ!いた!ごめん!ごめんてかいちょ!ほんといじめっ子なんだから…!」
べしべしと茶色い頭を叩けば、ごめんごめんと謝りながら、稲嶺は自分の親衛隊であろう奴らにひらひらと手を振る。大丈夫だよ〜と笑いながらそっちへ向かう後ろ姿に行ってるぞとだけ告げると、ちょっと待ってよ〜と聞こえたが待ってやりはしない。油を売ってる暇はないんだった。
どうもこいつにはペース崩されんなぁと首を傾げながら歩く。すると、思いがけず前から歩いてきたのは、見知った顔だった。
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