Arcadia | ナノ
「…最後に1つだけ聞かせてくれ」
「……」
「この間まで次席に甘んじていただろう?いったいどうして急に、そんなことを言い出したんだ」
殊更、挑発するような言葉を選ぶ。
なぜこんな唐突に反旗を翻す気になったのか。なにがお前を駆り立てたのか―――その答えは、なんとなく予想はついているけれど。
その“きっかけ”を思い出したのだろう。先までは涙さえ浮かべてそうだったその瞳に、強い意志が灯る。
「…瀬奈が、言ったんだ。どうして満足したふりをしてるんだ、現状を打破しようとしないんだって。欲しいものがあるなら諦めるなって」
もじゃもじゃの髪の毛と分厚いレンズの奥にありながら、真っ直ぐに突き刺さる瞳を思い出す。
―――なるほど、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな、あの少年らしい言葉だ。
一瞬だけ目を閉じて、ゆっくりと立ち上がる。
「そうか…なら奪いに来ればいい。―――譲る気は、毛頭ないけどな」
「…すぐに後悔することになるよ」
上等だ。
この俺が怖気つくとでも思ったか?俺様を見くびんじゃねぇよ。
こちらを睨み付けるように見つめてくる男に口角を吊り上げることで応えてやる。ひらりと後ろ手に手を振って、俺はその場から退出した。
***
『ばっっっかじゃねぇの!?』
人の影のない閑散とした廊下。乱暴にぶつけられた大音声に、耳に当てていたスマホを咄嗟に遠ざける。
なぜ俺が峰岸に怒られているのかというと、さっきの宏紀との話を包み隠さず伝えたからだ。こういう反応が返ってくるのは予想済みだったが、如何せん声がでかい。
「声がでけぇよあほ」
『信じらんねぇ!なに煽ってんだてめぇ馬鹿じゃねぇのかァ!』
「悪かったって…頼むからちょっと落ち着いてくれ」
思わずげんなりとした声が出る。
繰り返されずともわかってる。俺だって馬鹿なことをしたとは思うさ。だが後悔はしていない。まぁ確かに、俺が逆の立場だったら絶対にキレるとは思うがな、今の峰岸のように。
こんな風に怒らせたくないのだったら、適当に嘘をつけばよかったのだ。だけどそれをしなかったのは、1つだけ、こいつに頼まなければならないことがあったから。
「…なぁ峰岸、ひとつ頼みたいことがある」
『あァ?』
「―――リコール請願書に、署名しないでくれないか」
『……』
生徒会役員のリコール請願書。
あれを議会で通すのに必要な条件はいくつかある。まず、委員長たちの過半数の署名があること。この条件は満たしているはずだ。
そしてもう1つ―――生徒会役員・風紀委員長・生徒会顧問・理事長のいずれかの署名を得ること。
恐らく委員長たちは、俺が喜んで署名すると思っていたのだろう。だが俺はしなかった。少し考えさせてくれ、と請願書を預かった時、信じられないという顔をされたのを覚えている。
そして熟慮の末、俺は結論を出したのだ―――リコールはしない、と。
そうなると、委員長たちは他に署名をもらいに行かなければならなくなる。だが自分のリコール請願書には署名はできないし、顧問の赤坂先生だってお気に入りたちをリコールすることはないだろう。そして理事長も、大切な甥を守ってくれる盾の権力を、わざわざ下げようとするとは思えない。そうなると、彼らの最後の頼みの綱は風紀委員長となるわけだ。
もちろん最終的には全校生徒の過半数の賛成が必要だ。だが今のこの、生徒たちに生徒会の現状がよくわかっていない状態で、過半数の賛成が集まるとは思えない。よくわからなくて当然なのだ、この俺が必死になって隠しているのだから。
『俺が署名しようがしなかろうが今はリコールは成立しないぜ?…今はな』
「あぁ、わかってる。でも、リコール案が議会を通ったという事実は―――あいつらが戻ってきたときに、邪魔なんだ」
『…ったく、甘ぇんだよお前は』
呆れたような声音。次いで電話越しでも聞こえるでっかい溜め息。
だがそれだけでもう、了承してくれたのだとわかる。我ながら、随分と仲良くなったものだな。
「恩に着る」
『まだわかったとは言ってねぇが』
「でも了承してくれるんだろう?」
『…お前の期待に応えられない奴等だと思ったら、その時はお前がなんと言おうと俺はすぐにでも切り捨てるからな』
「構わねぇよ。ありがとう」
そう言えば、ちっという舌打ちの音。峰岸の憮然とした表情が思い浮かび、従兄の懸念が当たったことに、忍び笑った。
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