Arcadia | ナノ
ノックに応えたどうぞ、という声に従って重厚な扉を開ける。万が一いきなり襲いかかられても対応できるようにと身構えていたのだが、しかし中にはたった一人しかいなかった。正直少し拍子抜けである。どうやら本当に話すために来てくれたらしい。話の進展方向によってはこの後なにかが起こる可能性もあるが、とりあえず話し合う意志はあるということか。
確かに予想していた人数より少ないのは助かるが―――しかし、一人は流石に少なすぎるんじゃなかろうか?ここにいるべき本来の人数は、もっと多いはずだろう。
「宏紀…お前一人か?」
「うん、俺だけだよ」
扉の方に背を向けて、窓の外を見つめていた人影がゆっくりとこちらに向き直る。そして王子の異名に相応しく、もっといっぱいお友達がいると思った?と驚くほど柔らかい笑みを溢した。しかし同時に底冷えするほどに冷めた瞳がこちらを射抜く。その瞳は確かに、こちらの彼への不信に対する不快感を雄弁に語っていた。
「…――あぁ、確かにもっといると思ってた。他の役員はどうしたんだよ」
言ってから、思ったよりも強い口調になってしまったことに内心舌打ちをする。そんなに非難するような声を出したって仕方ないのはわかっているのに。
「他?うーん…稲嶺は拓巳と話すことはないって言ってたし、双子は興味ないから来ないって」
俺はちゃんと声を掛けたんだけどね。
そう言って肩を竦める宏紀の言葉は嘘ではないだろう。いかにもあいつらが言いそうなことだ。それに、あの食堂での騒動の時に、宏紀と他3人のスタンスが違うことくらい分かってた。
「なに、俺だけじゃ物足りなかった?」
「いや、充分だ」
面白そうにこちらを見る宏紀に最低限だけ応え、部屋の真ん中に置いてある机に向かう。俺が椅子に座るのを待ってから、宏紀は俺とちょうど向かい合う席にゆっくりと腰掛けた。
宏紀の動作がすべて緩慢に感じられるのは、俺の気が急いているせいなのか、それとも余裕を演出するためにわざと宏紀がゆっくりしているせいなのか。どちらにせよ、俺を苛立たせるには充分な早さだった。
「そんな恐い顔するなよ拓巳。それで?話って?」
そう聞いてくる白々しさに、無意識に眉がぴくりと動く。
見当など付いているだろうに。俺がお前に会って話したいことなんざ一つしかないだろうが。
「話…な」
「話があるって。そう書いてあったよね?」
にこりと偽りの笑顔を向けてくる王子様。
常に人の上に立ち、そのためにずっと育てられてきたこいつは、警戒すればするほど余裕に見せようと物腰が柔らかになるのを俺は知っている。それが、こいつの中で他人との間に壁を作る自衛行為だということも。
しかしその顔が自分に向けて作られるのは初めてだった。
「お前らの職務放棄の訳を改めて聞きたい」
「あれ?もう伝えたと思ったんだけど。この学校を変えるためだよ、そのためには生徒会を潰すのが手っ取り早いだろ?」
「…それだけか?」
「なにが?」
「俺には、学校云々よりも…俺を潰したいだけなように聞こえるんだが」
「……」
「違うか?」
単刀直入にそう言えば、心外だとでもいうように方眉がひょいと持ち上がる。しかし他の部分は不自然なまでにぴくりとも動かない。さっきまで余裕を演出していた宏紀が、隠しきれずあからさまにぴりぴりと緊張し、警戒しだすのがわかる。
俺から連絡を受けた時点でこの流れになるのはわかっていただろうに。直接聞かれるのが意外だったか?もっと穏便な話し合いを期待していたのか?
ならば―――ここから斬り込ませていただこう。
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