Arcadia | ナノ
自分の部屋に俺たちを通したと思ったら台所へ消えた長谷が、紅茶を淹れて戻ってきた。抜かりない長谷は砂糖とミルクも忘れていない。最近いつも飲んでいるものと共に糸目美人が思い出されて、思わず頬が緩んだ。
「ありがとな長谷」
「いえ、会長は甘くしたミルクティーですよね?」
「えっ!」
「……」
「そんな顔しないでください。副委員長から聞いただけで、ストーカーしたわけじゃないですよ」
「…なら良かった。そして中谷、俺は別に甘党とかそういうんじゃないからそんな目で俺を見るな」
信じられないものを見るような目で俺を見つめる中谷にそう言うと、中谷はですよね良かったーとほっと息を吐いた。確かに甘党じゃないのは事実だが、俺はそんなに甘いものが似合わない顔をしているか?さりげなく失礼なやつだな。
甘いものは嫌いではないが甘党なわけじゃない。甘いミルクティーは疲弊した脳への糖分補給の唯一の術だから飲んでいるだけで、俺は基本ストレート派だ。
「中谷、他になにかあるか?不安、文句、愚痴だって良い」
「えっと……特には」
「そうか、情報提供感謝するよ」
まぁほぼ予想通り。
唯一篠崎の件だけは予想外だったが、良い意味での予想外だったからよし。それにきっと篠崎が守ってくれる限り風紀に助けを求めることはなかっただろうから、話を聞きに来て正解だったな。つってもまぁ、風紀へ被害届けを出す生徒はかなり限られているから仕方のないことなんだが。
「さて長谷、ひとつ提案だ。俺は中谷に風紀に護衛をつけてほしいと思う」
「…はい」
「えぇっ!?だだ大丈夫です護衛なんて!いらないですよ…!」
「なんでだ?」
「だって別に俺は平気ですし、護衛なんて必要ないでしょう!」
「そうか?残念ながら俺にはそうは思えない。それに護衛が必要かどうか判断するのは当人じゃない、こちらの役目だ」
ぐ、と言葉に詰まる中谷を一瞥してから長谷へと視線を戻す。
見返してくる長谷は真剣な顔をしながらも、俺が次に何を言うのかわかっているかのように、少し呆れたような顔をしていた。
「中谷の護衛、お前に頼んでも良いか?」
「…俺は別に構わないですけどね」
「峰岸には俺が話を通しておくから」
「言いそうだなとは思ってました」
長谷に頼めば俺にも情報が入ってきやすいだろう。生徒会が起こした混乱の被害者のことはやはり、知っておきたいと思う。
了解しましたと笑う長谷にひとつ頷くと、未だ困惑している中谷に向き直る。納得いかないと書かれている正直な顔。
守られるなんて男として恥ずかしい―――だったか?
「そんなに嫌か?」
「そりゃあ…注目の的じゃないですか!」
「目立つのが嫌ならさりげなく見ててもらうから。長谷なら部屋も近いし確かクラスも一緒だろ?」
「えぇ、自分に任せてください」
「ちょっとそんな勝手に…!」
「いいか中谷、なにか起こってからじゃ遅いんだ」
潔くない後輩を見据え、ぴしゃりと言い放つ。
注目の的?目立つのが嫌?
違うだろう、まず考えるべきことは周りからどう思われるかではなくて、これからどうやって身を守るかだ。篠崎の件でもう散々目立っているからこそ制裁されている、それは最早変えようがない。どう足掻こうとその事実はなかったことにはならないのだ。ならば今中谷の訴えていることは、ただの私情じゃないのか?
俺だって護衛なんてやめてほしいと思うさ。そんな軟弱な人間ではないと思っているし、対処してみせるという自信も、何かあったときに自分の責任と受け止める覚悟もある。
だけど―――そうじゃない。そうじゃないんだ。
なにかあってからじゃ遅いんだ。それによって影響を受けるのは自分だけじゃない。もしも万が一制裁されたときに、護ろうとしてくれた周りが一体どうなるのか―――自分が傷を負うことは勿論のこと、生徒会と風紀の仕事を大幅に増やし、信頼を失墜させて。
それになにより。
(お前を護りきれなかった時に篠崎がどう思うか、お前は考えたことがあるのか)
本来は抑止力として大っぴらに護衛していた方が有効に決まっている。それを目立つのが嫌だという私情のために譲歩してやってるんだ、これ以上はもう一歩たりとも譲れない。これが最大の譲歩だ。
「これ以上仕事を増やしてくれるなよ」
そう言って目を細める。
中谷はそれにヒクッと肩を跳ねさせて渋々ながら頷いた。
「わかり、ました…」
「…ん、いい子だ」
満足して口角を上げれば、中谷が顔を赤らめる。その隣では長谷が目を輝かせていた。
惚れ直す?はっ、当然だろうが。
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