Arcadia | ナノ
「あいつら潰してやろうか?」
「馬鹿言うな、Dを押さえてもらってるだけで十分助かってる。あとモーニングコール」
ふっと隼人が息を吐き出すのがわかる。
相変わらずこいつは俺に甘い。父は監視役の選択を間違えたと思う。
隼人は、いずれは楢原の次期当主―――つまり俺の下につくことになっている人間だ。そんな人間がDにいるわけ。それは、すべて俺のためだった。
中等部までSにいた隼人は高等部に入学早々、現在こいつとツートップを張る幼なじみの滝川祐(タキガワ ユウ)と共に、1年から3年のD組―――所謂不良組の奴らを全員伸したのだ。その時の乱闘騒ぎで2人ともDにクラス落ち。そして現在までDの頭として君臨している。
楢原の分家が地に落ちた―――そうとまで言われた2人の行動は、全て、俺のため。あの時は、こんな行動を取らせてしまった自分の頼りなさがもどかしくて。どうしようもない無力感に苦しんで。何故止められなかったのかと悔やんだ。
けれど――――…
「俺と祐はさ、あの時の選択が間違ってたとは思ってねぇよ」
「……」
「だからお前も今正しいと思うことをすればいい、後悔のないように」
そう言う隼人の髪を、心地いい風が揺らす。苦く甘い香りが、遠くへと運ばれていった。
最近は寮に帰ることがないから見ていないけれど、始業式の時に満開だった桜はとうに散って葉桜になっているんだろう。
ついこの間の事だ。
あの時とは、何もかもが変わってしまった。
そう、確かに変わってしまった――――…けれど、それがなんだと言うんだ?
変化を望んでいたはずだった。それなのに、他者から与えられる変化に怯えて。現状を維持しようと躍起になって。
馬鹿らしい。
起こってしまった変化は止められない。ならば、その変化を利用すればいい。他者から与えられたきっかけを、好機として掴んでやればいい。
そうするだけの強かさを、俺はあの時身につけただろう?
『終わったことを嘆いてないで、これからお前が出来ることを考えろ』
あの時、そう言って笑った幼なじみに、今無性に会いたくなった。
「…なぁ、祐は?」
「あいつは多分クラスにいるだろ。会いたかった?」
「最近会ってないからな」
「おぉ素直。伝えとくよ」
そう、それにいくら変わったとしても、こいつらとの関係は変わらないのだから。何を怖がる必要がある?
「あいつお前のこと好きだからな、きっと喜ぶと思うよ」
そう言って頭を撫でてくる隼人に、それで良いのか、仮にも恋人だろうとじと目を向けると、本当のことだしと端正な顔がくしゃりと笑った。
なんだかな、と思いつつ、この2人には散々可愛いと甘やかされている自覚はあるので否定はできない。それに今の体勢の時点でなんか既におかしいし。
「あ、それよりも拓ちゃん、峰岸の野郎と仲良くなったって聞いたけど?」
「あ?んー…仲良くなった…のか?」
「やめとけやめとけ、俺あいつ超嫌い。祐も嫌いだぜ」
「いやんなこと言われても。協力してくれることになったんだし嫌ってばかりもいられねぇだろ」
「そりゃそうなんだけど!でもあんま気を許し過ぎんなよ?あいつは絶対危ない」
不良トップと風紀委員長は相容れないものらしい。
生徒会長もきっとそう思われてるんだろう。割と隼人と白昼堂々会っているのに俺が楢原との関係を勘ぐられないのは、ここに近づく人間がいないっていうのと、不良と会長が親しいだなんて誰も思わないおかげだ。
ぐ、と背伸びをして立ち上がる。
ここに来て正解だった。だいぶ落ち着いたし、これなら帰っても桜庭に当たることはないだろう。
今考えると、あんなに感情をコントロール出来ていない醜態を晒すなんて俺にあるまじき失態だ。
「また来いよ」
言葉と共に届く紫煙の香り。
それにひらりと後ろ手を振って応え、モーニングコールの件はこれでチャラにしてやろうと思いながら俺は屋上を後にした。
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