Arcadia | ナノ
「…大丈夫かな、瀬戸」
唐突にぽつりと漏らした駿太に、珍しいと笑う。基本的にて楽観主義のこいつがここまで不安を滲ませるなんて、さっきの瀬戸に気圧されたか。
視線の先には、瀬戸がほとんど口を付けなかった定食が残っている。駿太が小さく息を吐いた。
心配になるのは無理もないのかもしれない。確かにさっきは、普段の自信に満ちた、ある種傲慢とも言える瀬戸からは想像もつかないほど、あいつの空気は殺伐としていて、それでいて余裕がなかった。
だがそれは―――あいつには無用な心配だ。
「はっ、大丈夫に決まってんだろ」
あの男は、俺たちが思うよりずっと賢く、強かなのだから。
それに、この俺があいつの側についている。もしも大丈夫ではないとしても、俺はみすみす瀬戸が潰れていくのを見ている気はない。
それをあの似非王子たちも気づいているのだろう。だからこそ、あんな回りくどいやり方で瀬戸の失脚を目論んでいる。
愚かな男たちだと思う。あの瀬戸をここまで追い詰めたあいつらは、追い詰めることが出来たという事実―――追い詰められてまであいつが自分たちを守ろうとしたという事実が、どれだけ凄いことなのかに気づいていない。
―――だが、奴らはもう関係ない。
奴らは誤ったのだ。瀬戸を突き放したのだから。後で気づいたとしてももう遅い。わざわざ返してなど、誰がやるか。
お前が俺を必要とするのなら、俺は持てるもの全てをもって応えよう。
だから――――
縋ってみせろ。
求めてみせろ。
俺をその気にさせてみろ。
お前が俺の渇きを満たしてくれるというのなら、俺は何だってしてやるよ。
〈SIDE END〉
***
食堂から飛び出て早足で歩く俺に、無数の視線が突き刺さる。それも、いつものような歓声ではなく、さざ波のような囁きを伴って。
この学園では、生徒会の噂が広まるスピードは矢のように早い。
わかってはいたが、まさかついさっきの口論がこうも広まっているのは流石に驚きだった。
屋上への階段を一気に駆け上がる。ここはあいつらの縄張りだと知れ渡っていて誰も近づかないため、体裁を気にする必要はない。
扉を開けば、開けた視界に飛び込んでくる青い青い空。
吸い込まれそうなそれが眩しくて目を細める。
「何してんの拓ちゃん」
呼びかけられて横を見れば、フェンスに凭れた男が煙草を吸いながら笑っていた。
「やっと来たな。こっちおいで」
こいこいと手招きされて、大人しくそれに従う。そんな俺が珍しいのか、滅多に見せない柔らかい笑みを浮かべるのだから質が悪い。
寄りかかるのは嫌いなのだ。そうだというのに、いつだってこの男は俺を甘やかす。それでもあの後無意識に足がここに向かったのだから、俺も大概こいつには甘やかされ慣れたな。そう思いながら、屋上の堅いコンクリートへと腰を下ろす。
「派手にやらかしてくれたみたいだな、役員共は」
「わかんねぇ…何で今更あいつらに敵視されなきゃなんねぇんだ」
「転入生の影響だろうな」
ここでずっと俺を待っていただろうに、何故食堂での騒動を知っているのかを突っ込む必要はない。
パーマがかかった茶髪に着崩した制服、そして印象的な真っ赤なピアスをしたこの男は、D組のトップであり俺の従兄弟である―――楢原隼人(ナラハラ ハヤト)なのだから。
楢原の人間であるこいつの今の役目は、瀬戸拓巳の監視。この学園での俺の動向を、逐一俺の父へと報告している。
俺が会長となったことで学園のあらゆる情報を収集する必要が生まれたため、今や隼人の情報網は誰よりも早く広いのだ。情報屋やれば儲かるかなとこの間ぼやいていた。
「なぁ拓ちゃん、1人で頑張らなくて良いんだぜ?俺たちをもっと頼ってくれても良くない?」
拗ねたようにこちらを見る隼人に苦笑が漏れる。それを見て何を思ったのか、コンクリートに煙草をぐしぐしと押しつけて火を消した隼人に頭を抱き寄せられて。胸に頭を埋める形で抱きかかえられた。
煙草の苦い香りと共に漂ってくる、甘い香水の香り。変わらないそれに安堵する。
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