Arcadia | ナノ
「うるせぇな…いつもこんなだったかァ?」
「俺とお前が一緒なのか珍しいんだろ」
「あぁなるほど、暇な奴らだなァ。どっかに駿太がいるはずなんだが…お、いたいた」
そうか、桜庭がいたんだった。すっかり失念していた、悪い。
席を取ってくれているという桜庭が何故か役持ち専用ブースではない席で手を振っているのを見つけ、峰岸と共に歩き出す。追いついてきた蓮に声をかけようとして動かした視線の先に――――こちらに向かって歩いてくる懐かしい人影を認め、足が止まった。
予想はしていたのだ。長くはない昼休みに多くの生徒が食堂に集中するのだから、いる可能性は高いだろうと。
だがしかし、向こうからやってくるのは予想外だった。
「久しぶりだね拓巳、元気だった?」
「…宏紀」
副会長、会計、書記、庶務。
見事に揃った俺以外の役員たち。桜庭が俺に気を利かせてこいつらのいる専用ブースを避けたのだと気づく。
「…てめぇら俺に話しかけるとは良い度胸だな。自分たちが何してんのかわかってんのか?」
「何がぁ?俺たち何かしたぁ?授業も出ずにそんな事してる人に言われたくないんですけどぉ。ほんっと瀬那(セナ)がもう帰ってて良かったぁー」
稲嶺が俺の後ろに立つ蓮に侮蔑の目を向ける。瀬那とは確か、曰くの転入生の名前だったはずだ。その転入生の影響で、稲嶺は星の数ほどいたセフレたちを切ったという。
稲嶺は噂だけの俺とは違い、正真正銘の遊び人である。来るもの拒まず去るもの追わずで飄々と掴み所のない博愛主義の彼が、ここまで明らかなる好意と―――そして嫌悪を表に出すのは、初めてだった。
「さっすが会長先輩だよね瑠佳」
「さっすが会長先輩だよね瑠衣」
「委員長まで落ちちゃうなんて」
「委員長まで落としちゃうなんて」
「「どっちがネコちゃんするのかなー?」」
不穏な空気を感じ取ったのか先程とは打って変わって静まり返っている食堂内に、クスクスと笑う菱川兄弟の声が響く。
好奇の目を向けてくる双子は愉快犯である。自ら手を下すことはせず、散々周りをかき回した挙げ句それを遠くから傍観するのが好きという質の悪さ。しかし今の彼らの目に、純粋なからかいの色だけでなく仄暗い憎悪の光が灯っているのは、きっと気のせいじゃない。
「口出すんじゃねぇぞ風紀」
「っおい!」
「これは俺らの問題だ」
何故かは知らないが、いつからか役員たちから敵と認定されたらしい。そうであるならば逆に、被害を俺だけに留めることは可能だろう。
手出し無用と先手を打つと、峰岸が不満そうな声を上げる。それに大丈夫だと不敵に笑えば、渋々といった様子でそれ以上何も言ってはこなかった。蓮は自分がいると俺の不利に働くと踏んだのか、生徒の中に紛れて消えていた。
流石にここで生徒会役員から、生徒会長が風紀に庇われ守られなんかしたら、生徒会の面目は丸潰れだ。全校生徒の前でそれは避けたい。それに、こいつらの手綱をとるのは風紀ではない。
――――俺の役目だ。
「…そんなに俺の下半身事情が気になるか?好きに言やぁ良いだろう。何が真実なのかはお前たちが一番よくわかってるだろうからなぁ」
「……っ」
「こんな下らねぇことのために呼び止めたのか?…あぁ、違うよなぁ、もちろんここ2週間の職務放棄の弁明をしてくれるためだろう…?」
カツリ、とわざと靴音を響かせて一歩近づけば、役員の肩がひくりと跳ねる。甘やかすような声音で強請るように囁き、一番反応の顕著な稲嶺へと手を伸ばす。
しかしそれを掴んだのは――――この間まで親友だと思っていた男。
「弁明?何言ってんの拓巳」
「宏紀……つっ!」
「こんな隈まで作って、守ろうと必死だな。そんなに大切か?自分が頂点に立ってる今のシステムは」
生徒に余計な混乱を招かないようにと生徒会室を出る前にコンシーラーで隠した隈が、乱暴に拭われて顕わになる。途端あちこちから上がる戸惑いの声に思わず舌打ちが漏れた。
わからない。こいつらが、宏紀が何をしたいのか。俺だけが仕事をしているという事実が露呈すれば、困るのはそっちのはずなのに。
「理解できないって顔してんな。俺たちのために仕事してるつもりだった?まぁ拓巳のことだから恩を売るとかは考えてないんだろうけど」
「…何が言いたい?」
「この学園は普通じゃない。だから俺たちが改革するんだよ」
は、と掠れた声が漏れた。
普通じゃない?改革をする?
何を言っている。
ここで育ってきたお前の言う“普通”とは――――この学園のことじゃないのか。
「俺たちがこんな特別視されんのは変だし、序列が出来てるなんておかしな話だ」
「それと仕事放棄と何の関係が?」
「わからない?一度壊して再構築するんだよ、このシステムを」
―――システムを、壊す。
なるほど、そういう事か。だからこの学園の根幹たる生徒会の仕事を放棄する、と。確かにそうすれば何をせずとも自然に崩壊していくだろう。
そして、俺と対立することになる。
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