Arcadia | ナノ
二週間前にやってきた転入生。
彼はそう、まさに、学園に嵐を呼ぶ男だった。
一見なんだか格好良さそうな(俺が今つけた)キャッチフレーズの彼。だがしかし、俺にとって彼は悩みの種以外の何者でもなかった。
前が見えるのかと聞きたくなるような長い前髪にもじゃもじゃな黒髪は、さながらマリモ。そのマリモ頭とどこで買ったのですかと聞きたくなるような瓶底眼鏡の相乗効果で、目は愚か顔の大半が見えていない。この学園において禁忌とも言える汚らしい外見の彼は、なんとあの気品溢れる理事長様の最愛の甥っ子なのだと言う。
それだけでも十分喫驚に値するというのに、彼は転入してからの二週間で偉業を成し遂げた。そんな外見でありながら、瞬く間に数々の人間を落としたのだ。しかも彼に落ちた生徒が、みんなしてヒエラルキーの上位層だと言うのだから、流石はフェロモン理事長の甥っ子というかなんというか。
そうつまり、生徒会の俺以外のバカ共も漏れなく彼に惚れたのである。ちなみにそのトップたる俺はまだ彼に会ったことがない。全て俺の親衛隊からの情報だ。
そこまでならいい。
理解には苦しむが、そこまでならここまで困らなかったはずだ。どこの喜劇だと傍観していればそれなりに楽しめたことだろう。
問題なのは、その初めてきた春 (だかどうだか知らないし興味もないが) に浮かれたバカ共が、生徒会の仕事を放棄したことだ。なんでも厄介な転入生は人気者ばかりに惚れられているため、彼の傍を片時でも離れると誰かに奪われそうで離れられないのだという。
いや意味が分からない。なにがどうしてそんな発想に?
まぁそんな訳わからん理由でバカ共に放棄された仕事は当然溜まっていくわけで。それを処理するのは自動的に最後の砦的ポジションな俺なわけで。だがしかし今まで5人で捌いていた仕事が1人で回るわけがないのは当然のこと。回らない仕事を回すためには仕事時間を増やさなきゃならない、簡単な仕事算だろう?そのため現在俺はあらゆる欲を無視してまで仕事をしているわけだ。
あぁ全く、人の心は難しい。
奴らの心の動きが全く理解できないのはアレか、俺がまだ本当の恋を知らないとか厨二病的なアレなのか?いやそんなはずはない、中学生の時は大好きな彼女いたし。
そして理解は出来ずともこれは現実なのだ。逃避せずに立ち向かわなきゃならないんだろう。
だからそりゃ俺だってあのバカ共に説教したいし殴ってやりたい。立ち向かうというか叩きのめしたい。だけど時間が惜しい。どうしようもなく時間が惜しいのだ。そんなことをしている間に、何枚書類が処理できると思う?
こんな騙し騙しやっててもいつか限界がくるとはわかってるさ。悪循環だってのも重々承知。そうわかっていても目先のことを優先させてしまう。
あぁもうどうしようもねぇな、まったく。
***
生徒会室を出て、閑散としている廊下を早足で歩く。部活組ももう寮に戻ったのだろう、遠くからの喧騒さえ聞こえない。
あいつも帰ったかな、帰ったよな。あの男の帰宅時間が7:00なのは周知の事実だ。一般生徒の最終下校時刻が6:30だから、それ以降は取り締まるべき対象が寮にいるからな。
だったら寮に行くべきかもしれないが、この書類を待ってあいつが居残っている可能性がある。まぁほぼ0に近い確率なんだけど。
俺の靴音しかしていなかった静かな廊下の向こう側から、誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
あいつか?いやないだろ、あいつから俺のもとに来るなんて青天の霹靂だ。じゃあ誰だ。まだ一般生が残ってるとか?
…ここで役員じゃないかと思えないのが痛いとこだな。
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