Arcadia | ナノ
「悪い、逃げた。守りにいけなかったんじゃない……いかなかったんだ」
「……」
「俺は、俺はあのとき――……隼人を、守りにいった」
震える声で紡がれた言葉。
俺が小さく「うん」と答えると、ゆっくりと離れていく祐の体。知っていた。あの時、お俺を庇う体は瑠依以外になかったはずだから。この赤い頬がそのせいで隼人に殴られたものだということも、わかっていた。
色素の薄い瞳が真正面から俺を見つめる。そうしてすぐに、頭を下げられる。
「……申し訳、ありませんでした。俺は――私は、咄嗟に貴方ではなく、隼人を、あいつを……っ」
「祐」
「このようなこと、二度とないように致します。このような事態になったのも、すべては貴方とご友人をお守りできなかった私の責任」
「もういい」
「だから……だからどうか、隼人は、」
「祐!」
ダン!と壁を拳で叩き、それ以上しゃべるのを止めさせる。胸ぐらを掴み上げ、逃げようとするその瞳と無理やり向き合った。
「ちげぇだろ!本気でそんなこと言ってんのか!?」
「……っ」
「お前の最優先は隼人なんだ、わかってたことだろ!」
「でも俺は!」
「いいんだ、それでいいんだよ……!」
ああ、こいつらはどうして、こうもまで。
ゆっくり祐から手を離す。なんだか俺の方まで泣きそうだった。
「それでいいんだ……俺を、お前の一番にしろなんて言ってない。そんなの、望んでない」
「でもそれでお前を守れないなら俺がいる意味は……っ」
「お前は隼人を守ってくれればいい。俺を最優先としてくれる隼人を守ってくれるのは、俺を守ってくれてるのと一緒だよ。だから、祐には隼人を最優先にしてほしい」
そう言って、ふ、と目を細める。
恐らく一番祐のことを許せないのは、祐自身なのだ。隼人に殴られなどしなくても、祐はわかっている。自分が判断を誤ったことも、そしてそのことに対して俺が怒らないことも。
だからこそ、今回のことで俺が隼人を罰するとは欠片も思っていないくせに、こんなにも、俺を煽るような言葉を敢えて使ってまで俺の怒りを買おうとして。戒めのように責任を被ろうとして。
だけど、そんなこと必要ないのだ。だって祐は判断を誤ってなどいないのだから。
そもそも祐がなにを最優先とするかは、俺が口を挟んでいいことではない。それを決めるのは祐自身でなければならないのだ。他者が決められるものではない。それはたとえその他者が俺であっても、隼人であっても同じことだ。そんな当たり前なことさえ突き崩そうとしているのに、祐は気づいているのだろうか。
それにどうせ、隼人はなにを言ったところで、なにがあろうと、なによりも俺を守ろうとするのだ。なによりも――それはきっと、祐よりも。
それはありがたいことだし、誇りに思うことだし、そして潰されそうなほどの重みを感じることだ。だけどこんなことを祐にまで強要したいわけじゃない。盲目なまでに俺を愛し、大切にしてくれる大切な従兄。そんな彼を守ってくれる方が、よほどいい。彼を誰よりも愛してくれることが、なにより嬉しいから。
「本音と建て前が一致してないと、咄嗟に動けるもんも動けなくなっちまう。だから、お前はそれでいい」
「拓」
「そのままでいてくれよ、祐。……俺と隼人は、」
――きっと、普通の関係には、なれないから。
その言葉を音にすることはできなかった。二人の間に沈黙が落ちる。
俺がなにを言いかけたのか、祐が理解しているかはわからなかった。
役員たちにあんなことを言っておきながら、きっと一番血に、家に囚われているのは俺たちなのだ。 それでもきっと俺と隼人は、この歪な関係のまま進み続ける。それが、今も昔も、俺たちの関係だったから。それ以外の関わり方を、俺たちは知らないから。
だからこそ、祐は俺たちの中にあって、自分の思いを大切にしてほしかった。
ずっと思っていたことだった。
祐の楢原への忠誠や、俺を大切にしてくれていることを否定したいわけじゃない。ただ、それと最優先は、なによりも優先するということは、また別のものなのだ。そんな当たり前のことが否定されるような環境をつくりあげている俺と隼人が悪いだけで。それに祐は巻き込まれているだけなんだ。
「祐の最優先は、隼人だよ。どうしようもなく」
「た、く、」
「ごめんなあ、祐。俺たちめんどくさくって」
「……っ」
肩を竦めて笑えば、再び抱きついてくる祐。それを受け止めながら、ブラコン拗らせすぎているあの従兄にも、いい加減目を覚ませと釘を刺しておかなければならないな、と思った。
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