Arcadia | ナノ
カラカラと静かな音を立てて引き戸を閉める。
最後にちらりと見えた、中でお互い顔を見合わす二人に、ああ、大丈夫だ、と思った。ぎこちないながらも穏やかに話し始める二人に。自分の進むべき方向を、やりたいことを見つけた琉依ならば。そしてそんな兄に弟が向き合えるのならば、きっと。
あの二人は、大丈夫。
用済みとなった俺は、ゆっくり戸を閉めていた手を離し、医務室へ背を向ける。そうして壁に背を預けていた男に近寄ると、その目の前で止まった。腕を組んで俯き、静かに気配を消していた顔がゆるりと上がる。
「祐」
菱川弟を連れてきてくれたのであろう幼なじみ。俺の声に顔を一瞬歪めると、すぐにガバリと抱きついてきた。キツく抱きすくめてくる祐の金髪が、首筋をくすぐる。
泣きそうな表情を隠してやるように、宥めるように、そっと祐の背を撫でた。
「どうした」
「……拓、ごめん」
「祐?」
震える声での謝罪の言葉。
謝罪なんて受けるようなことはされてない。それなのに、心からの懺悔のようなそれ。いったいこいつは、なにをそんなに思い詰めているのか。
すぐ感情的になる俺や隼人と違い、祐はまず感情を表に出すことはなかった。腹の内でなにを思おうが、感じていようが、基本的には平静に冷静に。そうして常に、楢原の右腕として在ろうとする。それが自分の生きる意味だとさえ思っているような、そんなやつだから。
そんな祐が、こんなにも取り乱している。感情をちっとも隠せず、俺に縋りついて。
その理由の検討は、なんとなくついてはいるけれど。
「それ、隼人が?」
「……ああ。頭冷やせって」
「へえ。男前になったな」
そう言って茶化せば、祐の体がゆるりと離れていく。向かい合った端正な顔の左頬には、真っ赤に腫れた跡が残っていた。あまり痛そうなそれに、思わず俺の方が顔をしかめる。
あの隼人の利き手でもって、渾身のストレート。それに恐らく祐はそれを避けようともしなかったんだろう。
「ちょうど医務室あるし手当てしてくか」
「いい。帰って自分でやる」
「でも」
「いい、から」
医務室つに連れていこうと近づく俺の腕を抑える祐の手。ぎゅ、とその手に力が籠もったと思ったら、再び祐の腕の中に捕らわれていた。香る苦く甘い匂いは、この頬を殴った従兄と同じもの。
隼人はいったいどんな思いで祐を殴ったのだろう。祐はいったい、どんな思いで。
「……ごめん拓、本当に、ごめん」
「祐?」
「俺は……お前を、守りにいけなかった」
祐の静かな言葉が廊下に落ちる。
外の喧騒が、ここまで微かに届いていた。どうやら稲嶺は滞りなく運営を進めていてくれるようだ。予定していた進行通りであれば、もう終盤にさしかかっている時間だった。
今日は臨時として本部の隣に救護用の特設テントが作ってある。そこでほとんどの対処ができるから、余程の大怪我を追わない限りここには誰もやってこないはずだ。
たとえそうでなかったとしても、俺はこんな祐を突き放すことなどできなかっただろうけれど。
「お前は助けてくれたよ。取り乱した俺を諌めてくれたろ?」
「違う……違う、そうじゃない」
俺を抱きしめている腕に力が籠もった。
あのときお前がいてくれて、俺は本当に助かったのに。お前がいなかったらきっと俺はあんな風に琉依と話すことなどできなかったのに。それでも認めようとしない祐に眉を下げる。緩く首を振る祐の喉が、小さな音を立てた。
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