Arcadia | ナノ
「馬鹿げてるって、思うでしょ?」
「いや…」
「ああそっか…会長先輩が今“瀬戸”なのも同じ理由だもんね。仕方ない、よね」
「………だけど俺は、瀬戸拓巳であることを恨んだことはない」
「っ!」
どこか諦めたように言う菱川を真っ直ぐ見つめてそう言えば、菱川は堪えるようにぐっと下唇を噛んだ。
俺は別に、この習わしというものが、自分を拘束していると思ったことはなかった。むしろ自由を与えられていると実感することばかりで。挑戦を許されていると感じることばかりで。だけど菱川は違うのだろう。言外に伝わってくるそれは、悔しさと虚しさ、そして自責の念。
「僕は……僕は嫌だ。大嫌いだ、こんな、しきたり」
「…ああ」
「だって瑠佳が大好きだから、僕とは違う弟がなによりも大切だから、消えてなんてほしくないんだ…!」
「ああ…わかってるよ、大丈夫」
「瑠佳には瑠佳として生きてほしい。僕の身代わりなんて、そんなの…っ」
ギリッと白くなるまで握り込まれる拳。
苦しそうに気持ちを吐露する菱川は、今にも泣きそうに顔を歪める。
「でも、でもそれを否定すると瑠佳は存在意義を否定されてるって思うから…っ」
「菱川、」
「誰も取り合ってくれないし、当の本人が、自分の存在意義はそれなんだって納得しちゃってるんだ…!だから最後の三年間くらいは瑠佳と一緒に、違う人間として過ごしたいって、必死に頼み込んで…それでようやくこの学園に入れてもらって…っ」
「………」
「でも結局はみんなの考え方も、瑠佳の考え方でさえ変えられない…!恨んでるよ!そりゃあ恨んでるさ!でもどうしようもないんだ!そうでしょう!?だってそれが、うちなんだから…っ」
決められたことは仕方ないんだと、俺ならわかるだろうと、向けられる飽和状態の瞳。感情の波に押し潰れされそうに、切羽詰った淡い瞳。
しかし俺には、首を縦に振ることはできなかった。握り締められた拳に、そっと手を重ねる。痛いほどに固くなっているこの手の緊張を、少しでも解せたらいい。そんなことを思いながら。
「その決まりがおかしいと思うのなら、お前が―――お前たちが、変えていけばいいじゃないか」
「でもそんなの許されな…っ」
「それでもいつか…他でもないお前が、変えられる立場に立つんだろう」
悲嘆に暮れている暇があるのなら変えてしまえばいい。変えられる立場に立つ努力をすればいい。泣き言を言っていても変わらない。不満があるのなら、変えたいと思うのなら、立ち上がってみせろ。
少なくとも、俺はずっとそうしてきたから。
それは強者の意見だと言う人間もいるだろう。それができるのはほんの一握りの人間だと。けれど菱川は、その“強者”に立てる人間なのだから。
「でも、でも会長先輩、そんな勝手な、」
「勝手かどうかは、お前が考えるべきことだろう」
「え…」
「なんのために上に立つんだ、菱川」
「それ、は…」
泳ぐ視線。泣きそうに歪められる顔。
きっと菱川は、その答えを知っている。俺は、少しだけ背中を押してやればいい。
「自分が生きやすくなるように変えるため、だろう?」
「そう、だけど…っ」
「お前の、お前たちの苦しみを、もう二度と繰り返さないように。苦しみを取り除くように変えていくことは、きっとお前の周りの苦しみも取り除くことに繋がるよ」
「会長、せんぱ…」
「だから―――菱川、怯むな」
怯まずに、立ち向かえ。変わることを、変えることを恐れるな。
みんな、自分のことを考えて動いているんだ。それは決して利己的だと一括りにされるべきものではない。その自分という範囲が、自分だけなのか、家族のことなのか、自分と関わり合いのある人々なのか、自分を支えてくれるすべての人々なのか。その範囲が、みんな違う。それが重要なのだ。
だから勘違いしないでほしい。きっとお前たちのお爺さんも、お前たちが憎くてこんなことにしたのではないということ。血を守ること、お前へ家を遺すことを考えてそうしたのだということ。きっとこんなにもお前たちが苦しむなんて思っていなかった。家にとって、お前たちにとって、自分になにができるのか。なにを変えられるのか。これがお爺さんが考えた、お前にとっての最善のはずだったんだ。
「なにをどう変えるかは、お前たち次第だよ。もしかしたら、家を守るためには正しい選択なのかもしれない」
「…うん。そうだね、わかってる………でも、それで僕が、次期党首が家を恨んじゃ、それで終わりだ」
もう二度と、繰り返さないように。
そう静かに呟いた菱川の瞳は、真っ直ぐに前を向いていた。眩しいくらいに強い意志を秘めて。
変えられる立場にいるのなら、変えられる立場に立てるのなら、変えてしまえばいいのだ。そうして変えられない立場にいる人々を支えられるように。そのために、その立場は存在するのだから。
だから俺は生徒会長なったんだ。
誰もこの学園を変えないのなら、俺が変えよう。こんな選択肢もあるのだと、そう可能性の幅を広げることが、部外者であった俺の役目だと思うから。部外者でイレギュラーだった俺を認めてくれたお前らにできる恩返しは、それくらいしかないと思ったから。
それが俺を突き動かす原動力。誰にも言ったことはないけれど、これこそが、俺が揺らがずにいられる軸。
「…ありがとう、会長先輩」
「うん?」
「やっと自分がやりたいことが見つかった気がする…僕頑張るよ、僕らのために。きっとそれが、うちのために繋がると信じて」
「…そう思っているのなら、俺はいつでもお前たちの助けになるよ」
会長先輩がバックに付いてくれるんなら怖いものなしだね、と泣き腫らした顔で笑うから。この瀬戸拓巳様に感謝しろ。俺はそう言って笑ってやった。
prev
|
back
|
next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -