Arcadia | ナノ
「会長先輩の傍にいると、ほんとこういう時死にたくなるよね…」
「菱川…?」
「ごめん…巻き込んでごめんね、会長先輩。もし何かあったら、こうやって会長先輩が一番苦しむってわかってたのに……だけど僕はきっと、会長先輩が一緒じゃなきゃ瀬奈を助けに行けなかった」
臆病でごめん、と呟く菱川。
こんな時、どうしていいのかわからない。きっと菱川弟ならば、上手く兄貴を救い上げられたろうに。だけどその弟は、ここにはいない。
「それに―――これは、僕らのためでもあったんだ」
「え?」
「僕らだけの身内同士の諍いにしてしまえば、そこまで事は大きくならない。大きくすることを、家は望まないからね…他の人ならまだしも、会長先輩を傷つけなんかしたら、シャレにならないわけだし」
「は?それは、」
「楢原先輩と滝川先輩があんなにあなたを守ろうとする意味が理解できないほど、僕は馬鹿じゃないよ」
さらりと告げられた言葉。まあ、それについては今日気づいたんだけど、と菱川は小さく笑う。
確かにあんなやりとりを見られていたのだ。勘付かれても可笑しくない。むしろ気づかない方が可笑しいくらいのやりとりをした記憶がある。いくら緊急事態だったとはいえ、抜かったと今は思う。だけど、それだけ切羽詰った状況だったのだ。
「だからごめんね、会長先輩を庇いにいったのだって、結局は僕らの都合なんだ。ただの保身で、結局は会長先輩を傷つけようとした瑠佳のため………自分勝手で、本当にごめんなさい」
「いや…理由がなんであれ、お前に守ってもらったのは確かだよ。お前は俺を身を挺して守ってくれた。本当に、ありがとう」
「―――…っ」
泣きそうな顔をして謝る菱川の頭を、くしゃりと撫でる。元々大きな目をぐうと見開いた菱川は、見る間にその目に涙を溜めて、ついにはボロボロと泣き出した。そうして大粒の涙を零しながら、顔をくしゃくしゃにして、菱川は笑う。
「ほんっとに、馬鹿みたいにお人好しだよね…!どうして、どうしてそんなに…っ」
「ちょ、菱川」
「裏切ってごめんなさい、信じてくれてありがとう、助けてくれて本当にありがとう、巻き込んでしまって、本当に本当に、ごめん、会長…!」
俺の胸に顔を埋め嗚咽を上げながら涙を流す菱川。その綺麗な金色の頭をそっと撫でる。許しを請うように震えながらごめんとありがとうを何度も呟く菱川に、掛ける言葉が見つからなかった。
俺は、自分がやりたいことをやって、勝手にしゃしゃり出て、揚句事態を悪化させて。お前の腕に傷を、お前の弟の心に傷を、負わせてしまった。許してほしいのはむしろ俺の方なのに。それなのにお前は、ごめんと、ありがとうと、言ってくれるのか。
「あの、あのね、こんなこと言ったら気分悪いかもしれないけど、でも瑠佳も、悪い子じゃないんだよ」
「菱川…」
「瑠佳には僕だけなんだ。瑠佳の世界は本当に僕だけで、僕を守ろうとしてくれただけで…だからって、許されることではないんだけど…っ」
それは、わかっているつもりだった。きっとなにか理由があるのだろう。あんなことをしでかしてしまう程に、追い詰められていたのだろう。
どんな理由であれ、許されることではない。けれど、許されないことだとわかっていて、なお菱川弟をそこまで追い詰めたものがある。
頭を下げて懇願するように、俺に許しを請うように懺悔を吐露していた菱川が、ようやく俺を捉える。ゆらゆらと迷うように揺れていた瞳が、思いを振り切るように真正面からぶつかってきた。
「僕たちはね、一心同体なんだよ。冗談でもなんでもなく、二人で一人なの」
「二人で一人?」
それは、いつも彼らが言っていることだった。僕ら二人は二人で一人。そう二人で歌うように紡いでいたのは、顔を合わせなくなった今でも耳に残っている。
それとなにが違うのかと首を傾げる。そんな俺を見て、菱川は儚げに笑った。
「多分、みんなが思ってるのとはちょっと違うんだ。僕らの母方のおじい様のことは知ってるでしょ?」
「イタリアマフィア、だったか?」
「そう。そうするとさ、そりゃ当然だけど敵がごまんといるわけ。そういう敵との抗争において、狙われるのは当然弱者。おまけにおじい様は子供に恵まれなくて、直系の男子は僕らだけなんだ」
弱いのに大切な人間なんてもってこいでしょ?
そう言う菱川はどこか辛そうで。どこかで、聞いたことのある話だった。彼が俺に話そうとしてくれた理由が、わかった気がする。
「だから、この血を絶やさないようにって、おじい様たちは決めたんだよ。うちに生まれたのは、双子の兄弟。だけど残念ながら、弟の瑠佳は、高校卒業と同時に病気で死んでしまう」
「そ、れは…」
「生まれた前からそうと決まっていた瑠佳は、うちの中ではいないものとして扱われた。外には体が弱くてベッドから出られない次男として知られていたんだよ。だけどもちろん瑠佳は、元気に外出をし、周りに挨拶だってした―――“瑠依”として、ね」
「………」
「つまり、瑠佳は僕の影武者なんだ。僕に危害が及ばないようにするための、囮ってやつ」
そう言って、菱川は笑い損ねたように顔を歪めた。
ああ、そうか。きっとだからこそ、自分と兄を見分ける人間を菱川弟は排除しようとしたのだ。見分けられてしまっては、影武者の意味がない。いくら名前が違ったとしても、仕草で、雰囲気で、他人に見分けられるわけにはいかなかったのだ。
prev
|
back
|
next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -