Arcadia | ナノ
***
あれから二人で医務室に行って、先に運ばれてきていた菱川兄の治療が終わるのを待って、篠崎の治療をしてもらった。本当に菱川はかすり傷だけだったらしく、とりあえず医務室での治療だけであとは絶対安静でどうにかなるらしかった。そう告げられて祐にくしゃりと頭を撫でられたときは、心の底から安堵して、本気で泣くかと思った。
篠崎も傷の手当をされたのだが、どうやら暴行はほぼ受けていなかったらしくすぐに動けるようになっていた。ベッドに寝ていなくても良いと言われた途端に飛び出していってしまった篠崎は、きっとまたあの倉庫に向かったのだろう。今は隼人と、それから後から合流したらしい祐と風紀が事後処理にあたっているらしいが、それを手伝いにいったんだと思う。
そして、俺はというと。
「ははっ、なっさけねえな…」
「………」
「菱川…」
意識の戻らない菱川兄に寄り添って椅子に座り、医務室で静かな時を過ごしていた。
さっきまでここにいた養護教諭は、報告しにいくと言い、菱川兄を俺に任せて数分前に出て行ってしまった。医学的なことはろくになにもできない俺に任せて果たしていいものなのかと思いつつ、しかし俺以外に誰もいなかったのだから仕方ない。もちろん、自分ができる限りのことはするつもりではあるけれど。
(―――できること、なんて)
なにも、なかった。
俺にできることなんて、なにもありはしなかった。なにもできなかった。
菱川の手を握る手が、情けなくカタカタと震える。
なんのつもりで行ったんだ。どうして自ら罠に嵌りに行ったんだ。隼人も祐も、あれだけ行くなと言っていたのに。菱川だって無理に連れ込もうとはしなかったのに。それなのに勝手に意気込み、勝手に使命感を感じて、中途半端な正義感で行くことを決めてしまった。きっと祐と隼人だけだったら脅すのに躊躇せず、銃口を向ける暇も与えなかった。いや、俺さえいなければ、きっと悪あがきに銃を使うという選択肢はなかった。そうすれば、誰もケガせずに、ケガさせずに済んだだろうに。
なにがわかっている、だ。なにもわかっていないくせに、ヒーロー気取りで後先考えずに突っ込んだ結果がこれか?
「くそったれ…っ」
後悔と憤りと絶望に押し潰されそうだった。
自分の浅慮を、悔やんでも悔やみきれない。あまりの悔しさに漏れそうになる嗚咽。歯をぐっと食い縛るも、勝手に喉が焼けるように痛くなる。馬鹿じゃないのか、俺がこんなところで泣いたって仕方ないのに。なにも事態は好転しない。無駄でしかないというのに。
また俺は、自分は標的じゃないだろうとタカを括って、考えもしないで。この前の強姦未遂だってその甘さが原因だったのに、なにも学習していない。どうして、どうして俺は同じことを繰り返すんだ。きっとここまで事が大きくなる前に防ぐ方法だってあっただろうに。
ぐっと目を瞑って俯き、どうしようもない虚無感に、菱川の手を握る手に無意識に力が籠る。すると、そっと握り返されてハッと目を開いた。
「会長先輩…泣かないで」
「ひ、菱川!大丈夫かお前、気分は…!」
「僕は平気だよ、ほら掠り傷だったみたいだし、わ…っ」
なんでもないと笑う菱川に思わずガバッと抱き着くと、ぎゅっと抱きしめ返される。
今度こそ、本当に涙が零れた。愚かにもボロボロと涙を零し、嗚咽の止まらない俺の背中を、菱川の手が優しく摩る。その優しさにさらに涙が込み上げてくる。馬鹿みたいに涙が止まらない。
「すまない、引き鉄を引かせちまった、俺が、俺のせいで…っ」
「え、なんで違うよ、会長先輩は僕の頼みを聞いてくれただけで、」
「俺が標的だったんだ…!いくらでも気づけたのに、俺はまた…っ」
「ちょ、しっかりしてよ会長先輩!」
縋るように菱川の体操服を握り締めていた俺の手が、ぎゅっと握り締められる。顔を上げると、真剣な顔をして俺を睨みつけてくる菱川がいて。
「会長先輩は僕を…僕らを助けてくれただけで、会長先輩を巻き込んだのは僕らだろ!」
「でも、」
「でももなにも、今回の件はみんな僕らのせいなんだよ…!」
「…っ」
そうかもしれない。そうかもしれないけれど、俺にだって落ち度はあった。もっと上手く立ち回っていればと、こうすればよかったああすればよかったと、あの瞬間から今まで、何度悔やんだことか。
何度あの瞬間が、フラッシュバックしたことか。
「…それでもお前が撃たれたのは、紛れもなく俺のせいだよ」
そう小さく零せば、今度は菱川の方が泣きそうな顔をした。
あの銃口は、寸分違うことなく俺を狙っていた。それは、事実で。
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