Arcadia | ナノ
「菱川―――…っ!!!」
身構えた衝撃は来なかった。
代わりに目の前でぐらりと傾く小柄な体を、咄嗟に支える。
そんな、馬鹿な。こんなこと、こんなことあってはならないのに…!
「おい!しっかりしろ、しっかりしてくれ菱川!」
眠ったように目を閉じて反応のない身体。支えた手に感じるぬるりとした感触。ぞっとして歯の根が合わなくなりそうなのを、必死で食い縛る。
とりあえずこのままここにいていいわけがない。医務室、医務室か。医務室に行かなければ。
混乱する頭で振り絞った答えに顔を上げると、ちょうど駆け寄ってきた祐が菱川の身体を触った。なにを、と思っていたら、祐はすぐに自分の体操着の裾を引きちぎってギュッと菱川の腕を縛り上げる。止血か、とぼんやりと思う鈍い頭。
「ショックで気を失ってるだけで腕を掠っただけだ。大丈夫。拓、こいつは大丈夫だから」
「あ、ああ…」
「大丈夫だから。大丈夫、お前のせいじゃない。医務室に運ぼう」
「医務室…」
祐がかけてくれる声が遠くなっていく。頭が回らない。俺を庇うように目の前に飛び出してくるこいつの姿が何度もフラッシュバックする。
信じたくない。信じたくなかった。俺のせいで、俺がしゃしゃり出たせいで。俺のためにこいつが、傷を。あいつにも、一生モノの心の傷を与えてしまった。
ガンガンと頭が割れるように痛くなってくる。
その痛み以外なにも感じなくなる直前、パン!と頬に衝撃を感じた。
「しっかりしろ拓!お前が呆けてどうすんだ!」
「え、あ…」
「貸せ、俺が運ぶから」
ふわりと菱川の重みが消えていく感覚。あっと追い縋ろうとするも、くしゃりと頭を撫でて静止させられる。菱川を俵のように担いだ祐は、ちらりと自分の後方に視線をやった。
「双子の片割れとその他は隼人がなんとかする。お前は例の転入生についてやれ」
「篠崎…」
「大丈夫だから、こいつは俺に任せろ」
ふいと顔を向ければ、拘束を解かれた篠崎が立ち上がるのが見えた。祐に促され、ふらりと一歩を踏みだす。
篠崎の方へと向かうと、目が合った綺麗な顔が痛々しそうな顔をした。
「…あんた、酷い顔してる。大丈夫か?」
「俺はいい。お前は大丈夫か?医務室に行こう」
「うん………ごめん会長、俺が捕まったせいで」
苦しそうに顔を歪める篠崎に、お前のせいじゃないと首を振る。その腕をとって歩き出すと、ありがとう、とぽつりと落された呟き。瞬間、目頭が熱くなった。
なにもかもが最悪だった。取り返しのつかない状況だった。
けれど、その言葉にいくらか救われた気がした。
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