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砺波慎吾(トナミシンゴ):風紀委員長
篠原透哉(シノハラトウヤ):生徒会長


(前略)



「透哉」
「はい、メニュー。本日のセットはラムステーキだと」
「サンキュ。んー……」
「注文を」

 砺波の視線が止まった瞬間に手を上げた篠原に、砺波も頷いてパタリとメニューを閉じた。ボーイがこちらまで来る間に篠原から差し出されたおしぼりを受け取り、砺波は手を拭き始める。その、自然な流れすぎて逆に不自然な光景を、生徒会の役員四人は慣れたように流していた。
 今年度の生徒会と風紀委員会の仲が例年と違って悪くない、いやむしろ良すぎるほど良い理由。それは、それぞれのトップである篠原と砺波が、付き合っていることにあった。
 この学園のほとんどの生徒は幼稚舎から至宝学園に所属しており、途中編入組はほとんどいない。ゆえに、皆が皆、いわゆる幼馴染というものなのだけれど、その中でもこの二人の仲は一際良かったのだ。幼馴染ばかりの集団の中でも、特に馬が合い、幼い頃からずっと一緒にいた。誰よりも仲が良く、親友として育ってきた二人。そんな二人がこの度ついに、晴れて恋人同士になったのだ。
 ――その時の、学園の沸き立ちよう、そして嘆きようといったら。
 単体でも規格外のイケメンである篠原と砺波。その二人が仲睦まじく並ぶとなると、それは直視できないほどに眩い絵面となる。そのことに、美しいもの好きのミーハーな生徒たちがどれだけ喜びを爆発させたことか。おまけに自分たちが崇め奉っている人物たちが恋仲になるなんて、二人で隣にいるだけで幸せそうにしているなんて、それほど嬉しいことはない。そのため、生徒たちの間を矢のように駆け抜けたそのニュースに、学園中が沸きに沸き上がった。
 しかしそのニュースは、喜びと同時に大いなる嘆きを生み出したのも、確かで。

『――そんな、僕らの篠原様が……!』

 嘆きを顕わにしたのは、もちろん篠原透哉生徒会長親衛隊。
 だけでは、なく。

『会長に恋人!? 嘘だろ!?』

 親衛隊でもなんでもない普通の一般生でさえ、篠原が恋人を作ったという事実に吃驚し、戦慄した。
 彼らは自分が恋人になれると思っていたというわけでも、もちろん恋人となった砺波を責めているわけでもなかった。相手が誰であるかは関係ない。ただ、敬愛していた存在にたった一人のパートナーができるということは、喜びであると同時に酷く衝撃的であり、遣り切れないものなのだ。それは、敬愛の念が深ければ深いほどに。
 篠原透哉とは、それほどに生徒からの人望が厚く、カリスマ性の塊のような人間だった。そしてそのカリスマ性に惚れこんでいる人間は、なにも外野だけではない。

「あ、」
「ん、ほら」
「サンキュ」

 手を出す前に差し出されたソルトミルを受け取り、砺波は恋人を見つめてゆるりと笑んだ。それに僅かに首を傾げた篠原だったが、しかしすぐに呆れたように眉を上げ、自分の食事に戻る。その仕草さえも愛しくて、砺波は口元が緩むのを我慢できない。
 ――自慢の、恋人だった。
 あらゆる人間を虜にし、羨望の眼差しを向けられる。毎日タイミングを見計らって迎えに来てくれるし、ふざけていたら階段の前では注意を促してくれるし、こうして皆まで言わずとも先回りをしてくれる。そしてなによりいつだって、視線から言葉から態度から、端々から愛情というものが滲み出るほどに示してくれる。
 そんな、どうしたって人を魅了するうえに彼氏としてもこれ以上にない男が、ついに自分だけのものになったのだ。そんなの、にやけるなという方が酷な話。
 だから付き合い始めてからかなり経った今でも、砺波は篠原を見ていると口元が緩んでしまうし、篠原も篠原で、もはやそんなことには慣れてしまっていた。こんなゆるゆると脂下がりきった表情は、砺波に夢を抱いている一般生には決して見せられない。

「ねー、僕らこれ嫌いだから副会長食べてくんない?」
「ダメって言ってるでしょう、好き嫌いは」
「えー! 副会長のケチー」
「ケチじゃありません」
「あっ、ちょっとこっち置くのやめてくんない?」
「「いいじゃーん」」
「まったくもう……あ、そうだ、一個聞いていいかな。俺、ずっと気になってることがあるんだけど」

 付き合い始めてからいつまで経っても、彼らが視線だけでベタベタしているのにはもう慣れたものだと自分たちだけでワイワイしていた生徒会だったが、ふいに会計が視線を砺波と篠原に向ける。声を掛けられたことに気づいた二人も、一緒に顔をそちらにやった。振り返ったときの二人のタイミングも表情もぴったりで、この二人ほんと似てきたよなあと思うと、生温かい、いや温かい気持ちになって、つい会計は眉を下げてしまう。

「なんだよ、どうした?」
「え、ああ、えっとね、」

 思わず遠い目になりそうだったところを我に返り、会計はわたわたと意味もなく両手を上下に振る。二人以外の他の役員も自分に注目しているのを受け止めながら、彼は少しだけ肩を竦めて口を開いた。

「あのね、多分みんな気になってることだと思うんだけど」
「うん?」
「せっかくこのフロアにいるの珍しく俺たちだけだし、良いタイミングかなって思ってね、聞いちゃおうかなって」
「おい?」

 話を切り出したくせに、なかなか言い出せずにしどろもどろする会計。基本的におしゃべりな彼が言い淀むなんて珍しい。どうしたのだと僅かに首を傾げる角度さえ同じように見える二人を数秒見つめて、そうして彼はようやく、思い切ったように口を開いた。

「――二人って、どっちがにゃんにゃんするのかなあって!」
「……っ」

 ひゅ、と息を呑む音がした。それは、問いを投げかけられた本人たちのものではない。外野であるはずの役員から発せられたもので。
 学園公認の、学園中に大応援されているカップルである二人。しかし人物が人物のため、学園中の誰もが気になっていながら、未だに誰も聞くことができないでいる最大の謎があった。
 それは――セックスにおいて、どちらがボトムをしているのか、ということ。

「にゃんにゃんってな、お前」
「……」
「なあ透哉……透哉?」

 会計の言葉選びに思わず苦笑を零した砺波だったが、視線を向けた篠原が黙り込んでいるのに気がついてぱちりと瞬いた。なにかを悩んでいる風な恋人の顔を覗き込む。会計の問いに対する答えなど一つしかない。はずなのに、いったいなにを悩んでいるというのか。

「おーい」
「……にゃんにゃん、か」
「篠原くーん?」
「……それは、意味を正確に捉える必要があるな」
「え?」

 うん、と一つ頷いて視線を合わせてきた篠原に、砺波はわけもわからず首を傾げる。意味を正確に捉える必要がどこにあるのかわからなかった。会計の指すにゃんにゃんの意味なんて一つしかないだろうに。それを篠原がわかっていないわけがないのだ。残念ながら、お互いそこまで初心でも純情でもないのだから。
 しかし眉を顰める砺波を放置して、篠原の目は問いの発信者へと向けられる。視線を向けられて少しだけ姿勢を正した彼に向かって、篠原は静かに質問を返した。

「にゃんにゃんってのは、どういう意味で言ってるんだ?」
「え、えー? どういう意味って」
「具体的には、なにをする人間を指している?」
「えー、そんなこと言わせようとするなんて会長のえっちー」

 篠原の問いにニヤニヤとした会計は、こてんと可愛らしく小首を傾げる。そうして少し考えたあと、ふいに閃いたようにキラリと白い歯を見せた。

「んふふー、そうだね……じゃあ、甘やかされて可愛がってもらう方、かな」

 言ってから、「期待外れの答えで残念でしたあ」と笑う会計。そんな二人のやりとりにくだらないとため息を吐いた砺波だったが、しかし篠原の方はそうではなかった。小さく「なるほど」と呟くと、再び視線を砺波の方へと向ける。そうしてなんだと言いたげに瞬く恋人に向かってゆるりと目を細め、酷く愛おしそうな眼差しを送った。

「――お前だな、慎吾」
「へ」
「にゃんにゃんしてるのは、お前の方だよな?」
「は――……」

 馬鹿、な。
 しかし砺波が発しようとした言葉は、その音を遥かに凌駕する絶叫に押しやられた。

「っうわあああああ」
「「そうだったんだ!?」」
「ほんとですか!!」

 会計、双子、副会長の絶叫。
 その声に驚いたのは、砺波だけではなかった。確信犯であろう篠原までもが弾かれたように振り向き、驚きの眼差しで彼らを見て。しかしその姿が白々しく感じられて、砺波は思わずむっと唇を突き出した。するとそれを、知られたくなかったことをバラされて不満げな顔だと捉えたのか、外野たちはさらに目を剥いてしまう。

「ど、どっちにしろ信じられないですが……」
「ひゃああなんか恥ずかしいねえ……!」
「うええ、どっちでもビックリだけど!」
「でも確かに言われてみると!」
「「会長はべったべたに甘やかしそう!」」

 彼らのあまりの勢いにキョトンとしたあと、篠原は楽しそうに笑い出す。そうしてその手が、さらりと砺波の髪を掬った。

「そんな驚くことかよ……俺が慎吾を甘やかさないわけないだろうが」

 愕然とする仲間たちを前に、当然のように穏やかな笑みを浮かべる篠原。その顔は、酷く優しく、嬉しそうな表情をして砺波のことを見つめていて。

(へえー……)

 しかし一方で、中心にいるはずなのにすっかりその輪から弾き出された部外者のような気分の砺波は、目の前で笑みを浮かべる恋人のことを、酷く冷めた目で見つめ返した。



(後略)


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