うれしいことばかり | ナノ


身体から湯気が出て、ふわぁって、飛んで行ってしまうんじゃないか、粉々になって。なんて、バカみたいなことを考えたりした今日この頃。
梅雨が明けてやってきた暑さは、失った湿度を私たちの身体から絞り出すみたいだ。外に出たら汗が止まらない。でも適度にクーラーの効いた室内ではそれも無縁。やったね。節電に凝っている私のお母様から逃げ出してよかった。幼馴染の浅羽家さまさま。しかし、「宿題やるならね」というお母様の呪文が私を苦しめる。ぐう、宿題やりたくない。これは暑さに関係なく。


「宿題やんなよ」
「え〜どうしよっかな」



宿題の束を目の前にして、余裕ぶっこいてあくびなんてかいてみた。まだ1ページ目。左上、右上、左下、右下、4つ配置された問題に今度は溜息吹きかけてみた。印刷された円の図形が飛んでいったらいいのに。ぴゅーんって、ふわって。
お母様の言いつけと悠太の「宿題やんなさい」オーラにやられて鉛筆を取った。停止した頭をフル回転して書き込んだ。点と線をつないでできあがったいびつな図形は三角形。



「終わんないね」
「宿題?やってないからでしょ」
「それもだけど」
「『も』?」
「宿題も暑いのも終わんないねって」
「まだ梅雨開けたばっかだよ」
「終わんないよね」
「むしろもっと暑くなるよ」
「うわ」



やんなっちゃうな。投げ出したシャーペンが机で転がる。回る度見え隠れするロゴマークを目で追う。クリップのないシャーペンはストッパーがないから止まらない。ごろごろと転がっていく。チェーンでつながれた飾りを引きずって。机のふちまで一直線。神妙に行方を見守る。
落ちると思われたシャーペンは悠太の手の中に納まった。


「ナイスランディング」
「宿題、やんなきゃ終わんないよ」
「うわ、それ泣いちゃう」
「泣く暇あったらやろうね、ほら」



差し出されたシャーペンを受け取って、すぼめた唇の上に乗せる。気づいた悠太が呆れた顔をしたからやめた。ついでに宿題もやめた。どうせ悠太がいたら進まないんだから、お話ししたくなっちゃって。悠太は進んでるけど。さすが悠太くん、お兄ちゃんなだけあるな。あんまり関係ないけど。




「ねぇねぇ、お話しよ」
「えー…」
「そう言わずにさぁ」



面白い話があるの。ふふん、と得意げに鼻を鳴らすと、悠太がどんな?と付き合い程度の言葉を返す。噂なんだけどね、と前置きすると、また宿題に戻る悠太。それはもう想定済み。悠太はその手の噂とかは興味持たないもの。さすが私、よくわかってる。



「私と祐希くん付き合ってるんですって」



悠太がシャーペンを落とした。



「付き合ってるの?」
「噂の中ではね」
「…付き合ってないの?」
「付き合ってたら?」



暑い中ご苦労なことに、私たちは駆け引きをしている。



「応援しますよ」



きっと、そう言うに違いないって思ってた。



「祐希のお兄ちゃんとして?」



握りしめたままだったシャーペンを見つめる。私は君がうらやましいよ。飛び込んでしまえたらいいのに。後悔したくないのも、でも臆病なのも、全部認めて、投げ出して、好きですって、言ってしまえたらいいのに。


「違うよ」



驚いて顔をあげると、びっくりするくらい優しい顔の悠太がいる。どうしたの。そんな言葉は出てこないけど、代わりに出てきたのは、違うの?という確認の疑問形。首を縦に振る悠太を見て、瞬きを3回。合わない視線に首を傾げると、悠太が




「好きな子には幸せになってほしい主義、です」



って、何言ってんだろうね、忘れて。気まずそうに取り消そうとする言葉に縋り付く。お願い、消さないで。静かに麦茶を飲み干す悠太の、喉の奥に押しやられた言葉を知りたい。きっと、その一言でその子は幸せになれるよ。やだ。



「やだ忘れない」


宿題なんてもう手に付きそうにない。




15.0121


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