※悠太がいない 悠太が女の子に呼び出された。今学期3回目。相手は隣のクラスの茶道部の子。顔はかわいい、声も。身長も小さい。色素の薄い黒髪の似合う純粋そうな子。それはどうでもいい。そんなこと、考えたくない。 先に帰っていいという言葉を蹴って、教室で待つことにした。机に肘をついて、ため息を一つ。自分でも今、可愛くない顔をしているのがわかる。頬が引きつっているのが、眉間にしわが寄ってしまっているのが、わかる。同じような顔をした要が気まずそうに口を開いた。 なんとなく、慰めてくれるような気がする。幼稚園からの仲だ。付き合いの長さが気付かせた。要はやっぱり変なところやさしいというか、気を遣う人だな、と何故かわたしが照れくさくなって、目は合わせなかった。 「その、昔からだろ?悠太がもてるのは」 「うん」 「あいつだって断ってんだろ?」 「らしいね」 「だったらお前も気にすることねぇだろ」 「…まぁ、そうなんだけど」 要はわたしが、仏頂面している訳を知っている。大っぴらにはしていないけど、わたしと悠太が付き合っていることを知っているからだ。だから、放課後に悠太が呼び出されて告白、なんてことになってわたしが機嫌を悪くする意味がわかる。要は短気なくせに真面目なところがあるから、気にするなと、慰めてくれる。わたしが毎度煮え切らない返事ばかりするから、いらいらし始めるけど。 はっきりとした態度をとらないのには訳がある。要は、わたしが不安に思っているのだと、きっと思っている。けど、それは少し違う。少しは当てはまるけれど、でも全てではない。女心はもっと複雑で、汚い。 「…違うの」 「あ?」 「わたし、気になんてしてないし」 「はぁ?」 目を見つめて、極めて落ち着いた声で伝える。要の声が大きくなった。その態度のどこが気にしてないんだ、と言いたげな顔だ。短気はすぐ顔に出るからわかりやすい。 「気にしてんだろ!どう見ても機嫌悪くなっ」 「機嫌悪いのは今の要だよ」 「……」 「それに、わたしは冷静だよ。要が思ってるよりは。っていうか要よりは」 「お前喧嘩売ってんのか!」 「そうカッカしないの」 そう宥めると要は眉間のシワを濃くする。一度舌打ちをして、深呼吸をした後、要は、じゃあなんだよと尋ねた。苛立ちを押さえて、それで話を聞いてくれるような態度だ。 しかしわたしには躊躇いもあった。ここまで言っていいものか。感情をさらけ出していいものか。余計に気分を害してしまうのではないか。渋るが、きっと言わなかったら言わなかったで要の血管が切れかねない。その証拠に、黙ってしまったわたしに眼鏡の奥の目を細めた。折角、キレないように振る舞ってる彼のため、口を開く。 「わたしはねぇ、不安もあるんだけど、何より悔しいの」 「……はぁ?」 要は尚更訳がわからない、というように眉を寄せた。なんとなく目を合わせられなくて、視線を逸らす。前を向いてぼんやり見つめた空には、カラスが1羽、2羽。どこかへ飛んでいく。 だって、悠太の傍にはわたしがいつもいるじゃない、ってかいるようにしてるの。でも、こうして悠太に告白してくる。それって、わたしじゃ力不足だ、って言われてる気がするの。本当に気持ちを伝えたいって人も中にはいるのかもしれない。でも、あわよくば付き合いたい、なんて思ってるんじゃないの、ってね、疑いたくなる。違うかもしれない。それなのに、決めつけて腹が立ってしまう自分に嫌悪してる。余裕でいられないのが悔しい。そこまで聞いて、要が呟いた。 「考えすぎだろ」 「そうかもね」 でも、考えないでいられない。それくらい好きだ。ばかみたいだけど。好きな気持ちが膨らむ度に、わたしはどんどん汚れていく。わたしは机に俯せて、目を閉じた。自分でもこんなのは嫌だった。所詮わたしも女にすぎない。 女って難しいな、要が呟いた。その声がやるせないような、それでも優しいものだったから、わたしは少し泣きそうになった。 お願い、早くドアを開けて。 こんなにどろどろにするつもりはなかったのに… 20120910 ■ |