短編 | ナノ

水族館のような場所にいた。でも床は薄紫とピンクの間みたいな色合いで、水槽の中にはどこからともなく太陽の光が注がれて、廊下にキラキラと映っていた。
歩いていると大きな円柱状の水槽の前にたどり着く。中に泳ぐ魚は色とりどり。そのくせ熱帯魚って訳ではなくて、エイとかマンボウとかが絵本の中から出てきたみたいな奇抜な色で泳いでいる。その奥で真っ白な何かが目に入る。ひらひらとしたそれは、













むくり、と身体を起こすと、ぎしり、身体の下で軋む音。あ、起きた?と振り返った声の主が顔を綻ばせる。いやにぼんやりする視界に、目を擦れば、ふっと笑い声が聞こえた。




「まだ眠そう」
「あー…いや、そんなに」
「そう?」




とりあえず、喉が渇いた。水を飲みに台所に向かって、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをコップに注いで、一気に飲み干す。目は覚めた。
台所から戻ると、胡坐をかいた小さな背中が目に入った。本を読んでるときに猫背になる悪い癖。本人が言うには、気をつけているらしい。それでも、言う割には一向に癖はなおっていないらしい。もしくは、それを忘れるほど真剣に読んでいるのかもしれない。




「何見てんの?」
「雑誌」
「いや、見たらわかるし。そうじゃなくて、真剣に読んでるから。何の雑誌?」
「ファッション誌」
「……」
「この服かわいくて…って何その顔」




私だってファッション誌読むんですよう、と照れたような拗ねたような、そんなように頬っぺたが膨らむ。実はちょっと驚いてた。洋服に気を配っていないわけでもないけれど、ファッション誌を買うなら食費に回す、とかそう言いそうな正確だと思っていたから、純粋に驚いていた。その顔が『まさかファッション誌なんて…!』みたいに思ってると誤解されたみたいだけど。




「ごめんごめん」
「……別に、」
「…どの服がかわいいの?」
「…これ」




彼女が躊躇いがちに指さしたのは。どこかのブランドの夏の新作らしい、真っ白なワンピース。すると頭の中でフラッシュバックしたのは、さっきの夢の中。水槽の向こう側で風に揺れていた、白さ。不機嫌さから打って変わってきらきらとした表情で裾がどうだとか、少女のような表情で語る横顔に確信した。




「今度さ、水族館行かない」
「いいけど…」
「あとそのワンピース買おうよ」
「え、何、珍しい。さっきの別に気にしてないよ?」
「なんか突然行きたくなった」
「あはは、何それ。うー…ん、でもワンピースはいいかなあ」
「どうして?」
「だって、似合わないよ、あんなかわいいの」




はにかんだように見せて、苦笑した顔。頭を過ぎる、不思議な光景の中で際立った、あの真っ白なワンピース。きらきらとした好奇心の目と、ファッション誌に目を輝かせる姿。あの水槽を眺めていたのは、確かにこの彼女だ。だから、




「…似合うよ、絶対」








11.0815

悠太は昼寝しても眠り浅そうなイメージがあります
ちょっと強引になってしまったのが心残りです


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