短編 | ナノ

※もしも金造がただのバンドマンだったら




人気の少ない、平日昼下がりの楽器店。出入口に近いカウンターにもたれてこっそり音楽雑誌を眺めていたりする。こっそりと言いつつも、私以外の店員は今いないのでけっこう大胆に広げて読んでいたりする。内容はさっぱりわからない。音楽は詳しくないのだ、楽器店でバイトしているくせに。興味はあるんだけど、いかんせんよくわからない。感覚的なものは、理解が難しい。音楽に関わらず。
そんな退屈しのぎに読んでいた雑誌を剥ぎ取られた。一瞬見えたいくつかの指輪に店長ではないことを確認し、顔をあげる。真っ先に飛び込む金色。予想通りすぎて、思わず溜め息が出た。



「…はぁ」
「なんや客に対してそん態度は!」
「客じゃないわ!いつもなんも買ってかんくせに」
「あほう時々買っとるわ!」
「毎回なんか買ってかんかぼけぇ!ってか、勝手に取るなこら!」



腐れ縁。家が近いとか両親同士が仲良いとか、そういう幼馴染とかいうものではない。ただ、小学校中学校、果ては高校まで同じ学校だというだけだ。さらに、中学校から高校3年の今まで同じクラスで、高校に入ってからは席が隣か前後かというある意味運命的な関係だ。ロマンチックは欠片もないが。
金造は奪った雑誌の表紙をまじまじと見つめた。うわあ。どことなく居た堪れない気持ちになって、なによ、と思わずけんか腰になる。そんなこと聞いてないみたいに、金造はふうん、と呟くと乱暴にレジに置いた。ちょっと、売り物なんだけど、という言葉はあんまりだったので言わない。そうだ、読んでいた私には何もいえないのだ。



「お前こんなん読んどったか?」
「…別に、仕事のためや。最近聞かれんねん。その、色々と」
「ほー…熱心やな」
「せやろ、あたし真面目で通ってんで」
「『ここでは』か」
「『ここでも』や、あほう」
「誰があほやと?!」
「あんたや」
「あほちゃうわぼけぇ!」
「やーいあほー」



ぎゃんぎゃん騒いでいたら、出入口付近で掃除をしていた店長が、視界にちらりと映った。条件反射で口を閉じると、金造が、なんや、と馬鹿にしてくるような顔をしたので睨んでやった。返す言葉もないんやろ、と得意になってる男を無視して雑誌を開く。やはり、なんことやらさっぱり。よくわからない。話もしないのに、金造はレジの前に立ったまんまだった。



「あんた、向こうに行くんやってな」



なんてことはない。この話は今するべきで、そのために今、奴がこの場にいるような、変な確信があったから出した話題だった。
金造が何か言うのを待つつもりで、次のページに進む。平静を装いたかった。特集記事の見出しに、『メジャーデビュー』。最近メジャーデビューを果たしたバンドのことが書かれているらしい。彼らも彼らの地元を飛び出して、夢を歌っているのだ。きっと、そのことを気にする人はいたのだろう。両親は反対したかもしれない。恋人を置いてきたのかもしれない。彼らの一人に恋をしていた子がいたかもしれない。そこまで想像して、写真に目をやった。彼の目は、何を見ているのか。そんなことが気になった。
金造は、なんで知ってんねん、とも、お前に関係ないやろ、とも言わなかった。意外なことに、お前ここに居れよ、そっぽを向きながらそれだけを口にした。ぽつり、とまるで独り言のように言うもんだから、らしくもない。噛みついてくるかと思ったのに。



「は?」
「せやから、ここ出ていくな言うてんのや」
「はぁ?ふざけんな、なんであんたに決められなきゃ、」
「ええから!」



戻ってくるとき、お前居らんかったら困んねん。珍しく下げられたその眉尻に言葉を飲み込んだ。




♯ ♭




その言葉の真意をはかりかねるまま、数年経った。わたしは相変わらずここにいる。バイトではついにベテランになっていた。相変わらずお客さんのいないときには雑誌を読んだりもするけど。
結局、待ってるようなものだ。結果的には。帰ってくるかもわからない、あんな奴を。冷静に考えたら東京に行ったら、普通帰ってこないものなのではないだろうか。メジャーデビュー、したようだし。雑誌をぺらり、捲って現れた金髪。金造と最後に会ったあの時の特集記事とダブる。思わず目を伏せた。あの時とは意味が違う。奴がいない、写真ではない奴が目の前にいない。あほうだな、と思った。誰がともなく。
もう時間はなかった。わたしはもう少しでこのバイトを辞める。別の市で就職が決まったのだ。この土地も離れる。そこまで遠くには行かないけれど、ここからはいなくなる。あほうだから見つけられないかもしれない。最後まで待っていられなかったのだ。約束なんて、一方的にされただけなのに、どうしてか。ここまで、純粋に、寂しいと思ってしまうのは。悪いな、という気持ちがしてしまうのは。今更なことだ。
足音が近づいて、レジ前に人が立った気配がして、すばやく雑誌をレジ下に隠す。器用になったものだ、こういうとこばかり。



「いらっしゃいませ」



レジの前に立ったのは、制服を着た少年だった。出されたのは、偶然にもさっきの雑誌で見たばかりのバンドの楽譜。軽音楽部にでも入っていて、バンドを組んだりしているのかな、とそこまで想像したところで会計が終わり、おつりを手渡す。少年の目はキラキラしていた。懐かしい瞳だと思った。でも、この瞳を輝かせているのは、かつて同じ瞳をしていた奴なのだと思うと、不思議な感覚がした。そして、思わず、笑った。そうだ、わたしは今の彼と同じ制服を着た奴の隣で、その瞳を眺めるのが好きだった。呆れるくらいに。「あほやなぁ、大概」。思わず口に出た。全く、あほうだ。
まだ間に合うだろうか。奴を輝かせた音楽という、感覚的なものはよくわからない。でも、だからこそ、もう少し知りたい。



「誰があほや、どあほう」



できれば、隣で。






12.1022


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