短編 | ナノ

ちょっとした痛みに意識を取られるのはよくあることだ。
その時私は、自分の目元に気を取られてて、廊下で誰かすれ違ったのはなんとなくわかっていたけど、咄嗟に何も出てこなかった。結果、無視してしまったような罪悪感を感じながら、トイレへ向かおうとしていると、目の前がぐわんと揺れた。





「おいこら!挨拶くらいまともにできへんのか!」





頭に感じた衝撃と、乾いた音、僅かに目に入った金髪とで、叩かれたのだと理解した。少し後に聞こえたヤクザみたいな柄の悪い台詞、間違いない。一瞬首が縮んだかと思った。平手で叩かれたくらいで何を大袈裟な、と思うかもしれないが、成人男性の力は思いの外強いということをもう少し学習してほしい。あ、でもこの人に学習という言葉はなさそうだ。だから痛いと何度言ってもこうして叩くのだ。そう、私の上司であるこの志摩金造という人は度々私を叩く。セクハラほど嫌な気分ではないけど、痛いのはもちろん好きじゃない。
まあしかし、急いでいたからとはいえ、悪いのはこちらだ。今回に限っては私が悪い。潔く、すいません、と口を開こうとしたら、すごくいいタイミングで涙がぼろり、と流れた。息を飲む音がして、見上げると、数度の瞬きの後、目が見開かれる。廊下のど真ん中、見つめあったままで数秒間。はっとして、先に口を開いたのはそちらだった。





「な、え、そんな痛かったんか?!」
「いえ、だいじょ」
「いつもと同じ力加減のつもりやったんやけど、その、」
「いやだからだいじょう」
「…堪忍な」
「…………」





しゅんとした、いたずらが過ぎた子供が母親に叱られたときのような表情。思わず、誤解を解くのも忘れて、ぽけーと見つめてしまった。あの(本人の前では言わないけど)ど阿呆で俺様な金造さんが、焦って慌てて、謝っている。目の痛みが現実に戻して、目元を押さえる。





「あの、コンタクト、ずれただけなので…その、すいません」
「…は?コンタクト?」
「はい、そうです…」
「紛らわしいわど阿呆!…はよ言わんかい」





金造さんがバツが悪そうにそっぽを向いた。それはまるで照れてるようで。そう言えばさっきの焦り方も尋常じゃなかった。普段俺様な金造さんのあの慌てっぷり。なぜ普段と違う一面を見つけてしまうのは、こうも面白いのか。しかも一度面白いと思ってしまうと、止まらない。思わず顔を背けるが、間に合わず。





「……っぶふ」
「あ、何笑ってんねん!どつくでコラ!」
「いや、ほんとっすいませ、っはは」
「笑うなや!」
「だって、金造さ、あはは!あんな焦っ、ふははは」
「そら泣かれたら誰でも焦るやろ…っちゅうか笑いすぎや!」






12.0120
小4の教室に1人はいそうな男の子がそのまま大人になったような金造を書きたかった(長い)


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -