短編 | ナノ

手渡されるはずだった書類を、その手から奪い取った。





「もうえぇです、ほっといてください!」
「あぁ、好きにせぇ!お前なんてもう知らんわ!」





手にある紙の束を思わず握り締めて、苛々したまま走り出した。しばらく走って、振り返ってみて、追いかけて来ないことに心の奥が揺れる。苛立ちはすぐに冷え、乱れる息を整えながら、思うんだ。





(あ、また、やってしもた)





それから、とぼとぼ歩いて、辿り着いたのは出張所の裏。一人になりたい時に決まって来るところだ。しん、とした静けさの中に身を置いた時、自分が泣いていることに気が付いた。涙が両目からぼろぼろ落ちている。なんだか無性に、苦しいような、心細いような、頼りない気持ちになった。地べたに構わず座り込んで、嗚咽を漏らす。すると、後悔も沸き上がってきた。なんでいつもいつも、私は素直じゃないの。
また、喧嘩してしまった。こんな喧嘩はこれで何度目だろうか。もう両手じゃ足りないくらいやっている気がする。柔造が嫌いなんじゃない。寧ろその逆だ。長いこと一瞬に居たら、好きになってしまっていた。でも、すぐにキレたり、説教じみた話をしてくるところは大嫌いで、聞いてると苛々してくる。今日は、昨日の任務で負った怪我のことだった。
ちょうど顔に攻撃を食らってしまって、右の頬に大きな絆創膏を貼っていたら、





『お前はまた怪我して…少しは自分の身体大事にせぇ。顔に傷痕でも残ったらどうすんねん、女やろ』





と言われた。確かに、よく怪我をする方かもしれないけど、怪我をする頻度はそこまで高くない。それに仕事では女も男も変わらないし、だいたい、二十歳越えた私が言われることじゃない。ひとつ怪我したくらいで、なに。ちょっとばかし生まれるのが早かったからって、同い年やないの。言われなくてもわかっとるわ。秘めた負けん気の強さ故か、それとも自分は思った以上に短気なのか、思ったことを言い出してしまう。相手は柔造、そうして、喧嘩になる。
でも、誤解しないでほしいのは、柔造とは違い、柔造以外とは喧嘩という喧嘩はあまりしないということ。きっと、柔造がちょうど気にしていることを指摘するからだ。じわり、また涙が滲む。
わかってるんだ本当は、なんで言い返してしまうのかも、柔造が怒らせるために言っている訳ではないことも。くそう、あんの鈍感、無神経、





「…どあほ」
「誰がどあほや」





思わず口に出てしまった悪口に、声が返ってきた。驚いて振り返ると、そこには、会いたかったような、会いたくなかったような、よく知った顔があった。





「柔ぞ…」
「で?誰がどあほや」
「…別に、誰かなんて言うとりません。気にし過ぎやおまへんか?」
「…名前?」
「………なに」
「お前、泣いたんか」
「べ、つに、泣いとりません」
「せやかて目も鼻も真っ赤、」
「っ泣いとりません!ほっといてください」





どあほはどっちや、あほ。柔造が呟いた。それは小さな音量だったけど、静かなここでは聞こえない訳がない。なに、わざと?…腹立つ。





「なんで、私があほ言われなあかんのですか。…戻ってください」
「どあほ!!…好きな奴が泣いとって、ほっとける訳ないやろ!」
「えぇからほっとい…え?」





好きな女?思わず、固まった。頭の中で柔造の言葉を反芻する。目の前には若干赤い顔の柔造。好き、好き、好き?好きって、なんだっけ?…え?次の言葉が出ない。そんな様子に痺れを切らしたのか、柔造にいきなり両肩を掴まれ、間近で目が合う。





「お前が好きや言うてんのや、名前」





開いた口が塞がらない。そのまま引き寄せられて、胸の中に収まる。背中に腕が回って、なんだろう、苦しい。突然視界を埋め尽くした黒に混乱する頭は真っ白に。どういうこと、これ。すると追い討ちをかけるように、付き合おうてくれ、と聞こえた。確かに聞こえた。





「…返事は」
「え、あ…はい、こちらこそよろしゅう、お願いします」

もう恥ずかしくてしょうがなくて、そのくせ嬉しくて今までのもやもやした蟠りみたいなのも解けてなくなってしまった。本当にただただ嬉しかった。でもそんなに浮かれてるのもなんだか悔しくて、わざと拗ねたふりをした。





「…誰のせいで泣いた思うとるんですか」
「堪忍な。機嫌、直してくれんか」





それでもちゃっかり背中に腕を回しているんだから、自分で言うのもなんだけどわかりやすい奴だ。







11.1208
何回書いても甘い雰囲気は書いてて恥ずかしくなる。ちょっとべたですね、更に恥ずかしい。最後のほう勢いで書ききりました
読み返してないので打ち間違えあったらすみません


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