あつい。この上なくあつい。今年は異常だとか思わずにはいられないけど、多分平年並みのあつさ。畜生、なんだってこんなにあついんだ、ばか。 「塚原先輩、あついです」 「夏だから当たり前だろ」 「そうじゃなくて、処理するアンケートの量が」 「…紛らわしい言い方すんじゃねぇよ」 「いちいち怖い顔しないでください」 「誰のせいだと思ってんだよっ」 「いたっ!ちょっと、叩かないで下さいよ!」 厚い。この上なく厚いアンケートの束。今年は異常だとか思わずにはいられないけど、多分平年並みの全校生徒の分のアンケートの厚さ。畜生、なんだってこんなに厚いんだ、アンケートのばか。 ちなみに今のわたしの顔も熱い。それは心臓がばくばく働きすぎているからであって、しかしその原因はこの暑さにはない。察しのよい方なら気付くだろう。というか気付いてくれ。特に目の前の人。 ついでに言うならば今までこの人にもこの人以外にも顔が熱くなった経験はない。初恋は残念ながらマイファーザーにプレゼントしてしまったが。 あぁもう畜生なんで、あんな単純なことで!ちょっと優しくされたくらいで!頭の中でいつだったか廊下で転んだ時のことを思い出した。あの時、先輩がうだうだ言いつつ保健室までついてきてくれさえしなければ…いや、そのことに胸がきゅんとしなければ。悔やまれてしょうがない、もう少し男慣れしておくんだった。まさか、こんな真夏のじりじりとした暑さでも、真冬のしみるような寒さでも、春夏秋冬どんな気温・季節でも気が短い先輩に、…っと睨まれた。仕事の手が止まっていたらしい。はいはい、仕事したらいいんですね、わかりましたってば。 でもただ仕事するのもつまんない。なんかお話できないかなあ。 「あの、先輩」 「あ?」 「呼んでみただけです、えへ…」 「…ちっ」 「先輩」 「…」 「あれ、せんぱー」 「だぁあうるせぇ!少しは黙って作業しろ!」 「…すいません」 怒鳴られた。それからというもの、私は静かに、一言も口にせずに作業を続けた。部屋には鉛筆を走らせる音と紙をめくる音としかしない。時折電卓を叩く音もする。カリカリ、ペラ、カリカリ、パチパチ。静かだ。さすがに怒鳴られたらうるさくできないもんね。本気で嫌われてもやだし。 ところが、20分後。なあ、と先輩が口を開いた。自分が静かに作業しろとか言った癖に、と無視を決め込む。けれど、バツが悪そうな珍しい様子に胸が痛んで、なんですか、と勝手に答えていた。あぁもう、なんだこれ。これが惚れた弱みか、畜生。 すると、先輩は更に言いずらそうに、その、怒鳴って悪かったな、というようなことを言った。は?思わず口から出た。顔をあげて、先輩を凝視してみるけれど、なんだよ、としか先輩は言わない。は? 「…先輩、もしかして熱ありますか?」 「…は?」 「だって先輩が謝るなんてそんな…夢でも見てるみたいです」 「ようし夢かどうか確かめてやろうか、お前殴ればわかるよな」 「随分と古典的な…」 「うるせぇよ」 そこで、はたと気付く。どうして先輩は今回に限って謝ったりしたんだろう。今まで先輩に謝るシチュエーションはあっても謝られるのってなかったから、うん、わからない。怒鳴って悪かった。寧ろ怒鳴らせてストレス増やしてハゲへの道を一歩前進させてすいませんと言わないといけないのは私の方だ。まあ先輩がそんな謝罪を必要としているかは別として。 先輩って呼びまくって、怒鳴られて…それからどうしたっけ。えぇっと、…あぁ、黙ったんだ。黙った、だからか。私って何しても大体喋り続けるタイプなのに、黙ったから、先輩が言い過ぎたって気にした?まさか、先輩がそんな…でもそれが本当なら、嬉しい。笑っちゃうくらい。 「ふふ、」 「は?」 「ははは、は」 「何笑ってんだよ」 「いやあ、やっぱり先輩好きだなあって」 「なっ…は?!」 「あはは、ははっ」 「おま、何言って…!」 先輩が更に焦って慌てる様がまた面白くて私は声を上げて笑った。涙出てくるくらい。ほんと、先輩好きだ。 ひとしきり笑って先輩を見ると、机に肘をついて口元を手の平で覆っていた。その顔が真っ赤で、でも眉間にシワが寄ってて、やっぱり先輩はかっこがつかない人だなあ、なんて思った。その気持ちのまま、悪戯っぽく先輩に言ってやる。 「先輩、もしかして熱ありますか?」 「…ねぇよ」 11.0902 要が書き易くて要ばっかり書いてしまう でもなんかこの要はなんか違うような。気にくわない ■ |