短編 | ナノ

時々夜に、眠れなくなることがありまして、その時は夜風に当たります。今日もその日で縁側に腰掛けて深呼吸をしていると、落ち着いて、眠ることを忘れたくせにいつのまにか瞼が重くなって、眠れるようになります。いつも大体は無心ですが、その日ふと、頭の中に浮かんだのは、とある人でした。


話を昔に遡ると、小さい頃からその人と、その人たちとは一緒にいました。その頃といえば、毎日が何のためにあるのか、そんなことは考えもしなかったし、ましてや、生死についてなんてもっとあやふやでした。それでも、あの日、お母さんもお父さんもいなくなって、私は確かに一人になって、わんわん声を上げて泣いて、右も左もわからずに夜も朝もわからずに泣いて、そうしてその時に傍に居てくれたその人も、あぁ、永遠じゃないんだな、って思って。それからです。私が、強くならないと、と思い始めたのは。精神的なものもそうですが、やっぱり精神論だけでは乗り越えられないものもある。そうなると、京都に留まっていられません。行動は自ら起こさなければ。これが私が正十字学園への入学と祓魔師になる決心をした所以であります。今も怖いわけではありません。ですが、怯んではいません。あの時差し出された掌を、失いたくない。だからできる限りのことをしたいのです(でも、今思うと、それだけではなくて、もしかしたらもっとシンプルに、その人の傍に居たいって思うだけなのかもしれませんが)。

ですが、まだ誰にも言い出せていません。なんだかいつ言えばいいのか、どういえばいいのか、考えあぐねております。まあ、案ずるより生むが易しとはいいますが。


目を閉じてみて、眠気はまだきませんが、やはり、瞼の裏に浮かぶのはその人です。息を吸って、ゆっくり吐いて、目を開くと、夜空が広がっています。星を見ると、何故だがいつも泣きそうになります。ふと、視界の端がゆっくり滲んでくるのに気付いて、慌てて俯くと、床板が軋む音に気が付きました。振り返って映った影に零れた名前は先程から浮かべていた人でした。





「お前またそないなとこで…」
「…坊、」
「また、ここで寝て風邪引いても知れへんで」





いつだったか、うつらうつらしているところを坊に起こされたことがありました。ある時は早朝に寒くて起きたり、眠くて縁側から腰をあげるのが億劫な気分になったり、寝坊て違う部屋に入ったり、と時々ながら危ういことはありました。また、坊の言う通り、眠れなくてここに来ているのに、ここで寝て風邪を引いてもどうしようもありません。呆れたようにため息をついて坊は隣に腰掛けました。





「考えごとか?」
「えぇまあ、そないなとこです」
「……言いたい事あるんやろ」
「え…?そんなん、」





ありまへん、と続けようとした言葉が続きません。やっぱり、言うべきだとはわかっているんです。俯いた私に、見かねて、坊が呆れたように、親指の付け根、と指摘しました。一瞬なんのことか、意味がわからず自分の手元を見て、すぐに坊が私の癖のことを言っていると気が付きました。子供の頃から引っ込み思案であったせいか、言いたいことがあったり緊張していたりすると、自分を安心させる為に親指の付け根を摩る癖があり、まさに今、無意識にそうしていたのです。恥ずかしくなって、咄嗟に両手を背中に隠しました。
俯き、敵わないと観念しました。躊躇いながら口を開くと、坊が耳を傾けてくれているのが雰囲気でわかって、妙に口の中が渇くような気がしました。





「笑わないで聞いてくれはりますか」
「…なんや」
「あたしには、大切に思うとる方が、おります」





今まで空を仰いでいた坊が、驚いた様子で振り返るのが見えた気がしました。ますます顔を上げることが出来ず、私は俯いたまま続けました。その人は私が一人にならないように手を差し延べてくれたこと。今度は私がその人を守りたいこと。その為に正十字学園に入って祓魔師の塾に入りたいこと。舌は空回り、何度も何度も噛んで、言葉にも迷ってしまいましたが、坊はずっと黙って聞いてくださいました。
話終えると、すっきりとしたような、でもなんと言われるかわからないというどきどきの中にありました。





「坊は、どない思われますか?…反対、しはりますか?」
「…俺がとやかく言うたとこで聞かんやろ」





おとなしい癖して頑固やからなあ、お前は。坊は懐かしむように呟きました。やはり、自分で決めろ、ということだろうかと、ほうり投げられたような心細さに手をぎゅっと握りました。
でもな、と坊が続けました。耳を澄ますと、辺りに凪いだ風が吹きました。





「でもな、」
「はい」
「俺は…怪我してほしない」
「え…」
「お前が傷つくのは、堪えられん」





嬉しかった。純粋に、嬉しい、そう思いました。思わず泣きそうになるほどでした。





「あ、あたしかて、それは同じです。明陀とか抜きにして、坊に怪我してほしくありまへんし…。でも、その、」





手を握り締めました。言ってしまおうか、それとも言うまいか、その時迷い始めていました。それを言ってしまえば、もしかしたらこれからの関係がぎこちなくなってしまうかもしれません。それでも、私は伝えることを選びました。





「ただ、坊の傍におりたいのです」





だから、あたしも正十字に行きます、と。
顔から火が出るように、熱いのが触らずともわかりました。決意していったのに、どうしようどうしようと慌てるばかりで、どうしていいのかわかりません。坊の顔はもちろん見ることなんて出来ません。





「ああああたし、寝ます!おやすみなさい!!」
「あ、おい…!」



坊が引き止める為か、何かおっしゃったのはわかりましたが、聞こえないふりをして自室へと走り切りました。襖を閉め切ったところで息を整えると、自分がどういうことを言ったのかが思い出されて、恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもありませんでした。
明日はどのように顔をあわせればいいのでしょう。眠れもしませんが、もちろんもう一度いつものように縁側へ向かえる訳もありません。布団に包まりながら、一人、あわあわと慌てるばかりの午前2時のことでした。









11.0820

坊はぴばということで
翌朝はご想像にお任せします
当初の予定ではこんな長くするつもりじゃありませんでしたが、こんなんに。不思議なもんです


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