短編 | ナノ

この頃、太宰さんがうるさい。



「ねぇ、君は死にたいと思ったことはないかい?」
「ないです」



鬼がらみしてくる。原因として考えられるのは、今までにないくらい奇跡的な確率で勤務時間が被ってしまったからかもしれない。デスクワークを碌にしない太宰さんと、できればデスクワークばかりしていたい私とだと、社としてはバランスがいいのだろう。でもこちらとしてはいい迷惑だ。デスクワークどころか太宰さんはどこ行くかわからないし自殺しにいくしで仕事しないし、もうこれはチェンジで!と叫んでしまいたくなる。これで私のそれ以上の給料もらってんのかと思うと腹立つ。仕事してない姿がそこにあるだけで腹が立つのに。そんなストレスフルな勤務の中、さらに谷崎君には「仲がいいんですか?」と聞かれてしまったから気分悪い。そんなわけはない。心中にはまってからというもの絡まれるだけで、仲がいいなんてわけがない。男女同権の世でこれは所謂セクハラじゃあないだろうか。動作一つ一つにストレスをこめて動く。少しでも発散してしまいたい、今この瞬間に。



「あったとしてもしませんよ、心中なんて」
「折角美人なのに」
「別に普通の顔ですし全て美人がアンタと心中するために生まれてきてはないですよ」
「時々辛辣な言葉遣いをするよね」
「気のせいですよ」
「でもアンタと云ったじゃないか」
「…それは状況が状況なので、です」



そう、今まさにストレスの発生と解消が私の中で起こっている。普通悠長に会話している場合ではないのかもしれないが、ここでは普通のことだ。今オフィスのあらゆる場所で乱闘騒ぎになっている。



「荒っぽいことしてると自然とそうなりますよ」



正面から向かってきた鉄パイプを手にした男の一振りを避け、鳩尾に一発。次いで右前方から飛んできた拳を避け、その顎を蹴り上げる。今ので最後だったらしく、周りに立っているのは社員だけになった。この人たちどうするかな、と今度はそういった問題が起きる。振り返ろうとすると、足が何かに引っかかっているようで動かない。すると、足下に転がっていた男がなんとか身体を起こし、私の足首を掴んでいるのが見えた。微かな力を振り絞ったように、手が震えている。



「…放してください」



屈んで手に触れると同時に、男は気絶した。無意識だったらしい。全員が気を失ってしまっている今、どのような理由で奇襲を起こしたのかはわからない。恐らく社に対する怨恨だろうけれど。それでも、憎しみが憎しみしか生まないことをなぜ理解しないのか。攻撃行動が必ずしも自衛、自尊心の保護に繋がらないことをなぜわからないのか。こちらは依頼で行っていることで、寧ろこのような恨みは依頼主の方向に向くべきではないのか。それを、統率者がなぜ理解しない。一方通行な感情の爆発は、こうして、傷ついてばかりじゃないか、お互いが。



「落ち着き給えよ、そんな怖い顔じゃあ美人が台無しじゃないか」
「十分落ち着いてますよ」
「そんなに紅茶をかけられたのが嫌だったかい?」
「違います」



今日は朝から相談が多くて、その分人が多く出払っていた。そこを狙っての奇襲の予定だったのかもしれない。手口は、相談のふりをしてきて、状況を判断し、何らかの方法で仲間を呼び襲い掛かるというシンプルなものだった。私はそのとき相談を受ける立場だったが、相手が立ち上がり電話に出、切った直後いきなり来客用の紅茶をぶっかけられた。淹れたてアツアツのやつを、頭から勢いよく。他の社員でこのような目に遭った者はいない。太宰さんの言う紅茶らそれを指している。襲撃者はもしかしたら私がかかわった案件に関する怨恨で来ていたのかもしれないし、偶々相談していた女だった感情の昂りからかけたのかもしれない。しかしなんにせよ、おかげで頭頂部はひりひりするし、新調したばかりのシャツは染められてしまった。ちなみに、そこで、冒頭のあのやりとりにつながる。あの時すでに、私のストレスは限界に達していた。そしてそれは今も、解消されたどころか、新たなフラストレーションを生んでいた。それは間違いがなかった。そこを、きっと指摘しているのだ、太宰さんは。



「落ち着いていないだろう」
「…大丈夫です」



太宰さんはしばし私を見つめると、そうか、と一言だけ言った。



「君、死にたいと思ったことあるだろう」
「ないですって」







2013.0814
どうしてそんな目をする


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