old log | ナノ
※高校3年生という設定で




自転車を漕いで漕いで、辿り着いた先は季節外れの海だった。夏は海水浴で賑わうといえど、冬も近づくとあらば人ひとりおらず寂しいもんだ。この海岸は私の住んでいるところからは少し遠くて自転車でなければ来れないけど、冬が来れば寒くて自転車なんて乗ってられない。だから多分、今年はこれで見納め。
冬服でしかも久々の晴れた日に来てしまったもんだから汗が滲んで、カーディガンの中でブラウスが肌に張り付いて不快だ。しかも今は受験戦争真っ只中、久々の運動という運動で息はすっかり上がってしまった。それだっていうのに、荒い息を整える隣では汗を掻いていないどころか息一つ乱れていない。やっぱりこれが男女の違いか。ちらりと斜め上を見遣れば、自転車に跨がったままもの珍しげに初冬の海を眺める山本。息を大きく吸って、一気に吐き出し、また一つ吸う。漸く呼吸が落ち着いたところで、如何にも青春らしくていいでしょ?と隣に尋ねたら、ははっそれもそうだな!と爽やかに笑われた。あまりに爽やかで、青春とは彼の為の言葉なような気がしておかしかった。



「ねぇ、あのさ」



自転車から降りながら切り出す。前に夏が好きだって言ったの覚えてる?あれ、なんでかっていうとね、海は、空の色を映しているって言うでしょ?だから、夏の梅雨が開けて晴れた日ばかり続くと海が青いの。ずーっと、蒼くならない海なの。でも逆に冬は曇天続きで海に鈍い色になる。あの色が私は好きじゃないの。そう考えると私はただただ晴天が好きってことかなあ。でも、海と空は一つなんだって気付かせてくれるって意味では曇天も嫌いじゃないかな。



「なんで海に来たかわかる?」
「なんでって…海が好きだからじゃねぇの?」
「まあ、それもあるんだけどさ、」



こうはあんまり考えたくないんだけど、とこっそり前置きをして口を開く。まだ水平線は揺るがない。



「もうこれが一緒に来る最後のチャンスかなあって思ってさ」



こんなことを口にしたことが意外なのか、それともこの手の話が私から出たことが予想外だったのか、きょとんとした顔をして、また、ははっと顔を崩した。



「そんなことねぇよ、この受験が終わったらまたいつでも来れるって。お前は昔っから考え過ぎなのな」
「そうじゃないよ」
「ん?じゃあどういう意味だ?」
「…子供の頃から一緒で、離れるってことに麻痺してたんだよ」



でも、きっと、何ヶ月か後の君の隣に私はいない。蚊の鳴くような声で搾り出せば、少し水平線は揺らいだ。海と空が混ざる。息を飲む音がした。

知らないと思ってたんだろう、イタリアのことも“就職先”のことも。きっと黙って行くつもりだったんだろう、それが危ないなら尚更。



「…知ってたのか」



無意識に、はっとしたような顔でこちらを見ている様が脳裏に浮かんだから、かもめを追いかけるふりをして顔を逸らした。その時、上を向いたら落ちた涙に気付いて慌てて拭う。
まあね、と曖昧に答えながら、もうこれ以上涙は流れないのを確認して振り返る。今までに見たことがない山本がそこにいた。



「やだ、そんな辛気臭い顔しないでよ」



そんなに深刻な顔しないで、もともとそんなに器用なタイプじゃないんだし、考え込まなくたっていいんだ。それに、もっともっと綺麗な海のある国に行ってくるんだから、帰って来なくても薄情だって思いやしない。イタリアの海は素敵だろうからこんな海、見に来なくても当然だって思うよ。
そんな言葉は飲み込んで微笑んだ(いつも皮肉ばかりの私にしては頑張ったでしょ、なんて)。そうすれば山本が笑った。少しだけ、ほんの微かに寂しそうに見えた気がして、だから私は負けじと笑った。やっぱり今日、海に来てよかった。心の底からそう思えるのは、思い出になるからとかそんなきれいごとじゃなくて、ただただつられて笑った君の背景に青い海がキラキラしていたからだ。






(101118:別れは哀しみに埋もれてはいけない)


企画『愛涙』さまに提出。ありがとうございました



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