「ほら、さっさと準備しろ」
「え、あ、いえ、大丈夫ですって」
「見てるこっちが鬱陶しいんだ、さっさと座れ、ほら」


 わざわざ彼が休日に僕を呼び出したりするから、何事かと(半ば期待しながら)公園に足を運べば、彼は僕より少し遅れてやって来た。その手に見慣れぬ鞄を手にして。
 その鞄から取り出したのは銀が眩しい鋏だった。疑問符を頭の上に浮かべる僕に、彼はにやりと笑みを浮かべて一言。

「髪を切らせろ」
「はい?」
「お前のその伸びきった前髪、横髪もだがな、お前はせっかく顔が良いんだからもう少し身なりに気をつけろ馬鹿」

 せっかく俺がこの前から指摘してたのに、いつまで経ってもお前は髪を切る気配がないからな、と彼はしょきんしょきんと手元の鋏を動かしながら言う。

「…そんな事言ってましたっけ?」
「『お前は普段どこで髪を切ってるんだ』」
「あ、え、それですか?」
「…わかりにくくて悪かったな、ほら、わかったら座れ」

 早く、と急かす彼に、僕は良くわからないけれど温かい気持ちになった。
 公園のベンチに腰かける。彼の鞄から、よく理髪店等で見かける体に髪の毛が落ちないように首から下に被るカッパみたいなビニールシートが取り出される。首筋に白いタオルを巻いた上からそのビニールシートを被せられた。

「もしかして、かなり手慣れていますか?」
「妹の髪は俺によって散髪・セットされている」

 あぁなるほど、と彼の手付きに感心しながら、柔らかな午後の日射しに少し目を細めた。


 しゃきん、しゃきん、と僕の一部が彼の手によって切り落とされていく。
 落ちていく毛先を払うと、少し広くなった視界に上空を横切る飛行機雲が映った。

「あぁそうだ」
「ん、どうした」
 やっぱり僕は貴方が好きみたいです、とビニールシートを被せられたまま告げると、そんな格好じゃぁ全然締まらないな、と彼は笑った。



こんなにも穏やかな





たった一言からはじまるような
そんな些細で重大なこと






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